群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

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張衡についての誤解を正す(後漢書・張衡伝)

新年号令和の関係で、万葉集巻五・梅花の歌序に影響を与えたとされる後漢の政治家にして多芸多才の人・張衡(ちょうこう、字は平子)にスポットライトがあたったのは嬉しいことだ。

ただ、世間の報道を見ていると驚くほど間違いが多いので、これを正しておきたい。井上雅夫という岩手大学教育学部の人が張衡に関して論文を書いているが間違いだらけである。

まず、張衡は後漢の安帝劉祜(りゅうこ、在位106年 - 125年)を嫌って下野したというデマが流れた。これは明確に嘘である。

彼が二京の賦で批判した相手は安帝の先々代の和帝・劉肇であった。和帝の時には張衡は招聘されても固辞して仕官していない。和帝のあとを継いだ赤ん坊の殤帝(しょうてい)はわずか一歳で崩御し、冷や飯を食わされて地方に飛ばされていた和帝の兄弟の清河孝王劉慶の子、清河王の劉祜があとを継いだのである。これが安帝である。ここでいわば政権交代が起こっているのであって、張衡が嫌った和帝系は断絶しているのである。


彼の唯一の信憑性のある伝記『後漢書・張衡伝』には「張衡の多芸多才を知った安帝が彼を特別待遇で招聘し、郎中(宮中顧問官)にしたあと、更に昇格させて太史令(国立天文台長兼国立公文書館長兼東京大学史料編纂所長くらいの役職)に任じた」とあり、在野から張衡を抜擢したのがほかならぬ安帝であった。

安帝は若くして崩じ、子の順帝・劉保(りゅうほ、 125年 - 144年)とは大変仲が悪かったようである。順帝・劉保というよりその取り巻きの宦官と剛直無比な張衡とはまったく合わなかったどころか、張衡は宦官政治に明確に反対し、『資治通鑑』にも載っているような政治改革論を唱えていたのでついに「閹豎(えんじゅ)、終(つひ)に其の患となるを恐れ,遂に共に之を讒す。」(後漢書張衡伝)ということになり、河間国の相に飛ばされてしまったのである。なにやら「半沢直樹」的な話である。

※閹豎は宦官のこと。

しかし張衡はへこたれない。「やられたらやりかえす、倍返しだ!」ではないが、河間国の相になった時は猛然と悪人狩りをやっていくのである。

当時の河間国は国王の劉政が悪政を敷き、その取り巻きの地方の顔役やら今風に言えば政治団体、組合の類が不法行為をやりまくっていた。
「衡は下車し、威嚴を治め,法度を整え,陰に奸党の名姓を知り,一時に禽へ収む,上下肅然たり,稱政理を為すを称う。視事三年,上書して骸骨を乞うも,徵して尚書を拝す。」という。

奸とは康煕字典には「非禮を犯すなり、私なり」とあり、奸党とは無礼な私党のことだという。現に王安石の改革の時に騒いだ野党的な政治家を捕らえて「元祐の奸党」と言った。
説文解字注に「二君有事(二君に使える裏切り者のこと)」とあり、左伝によく出てくるとのこと。

張衡が取り締まっていたのはどこかの国の野党みたいな人たちであったらしい。そういえば上方の方に何やらへんてこな組合があって、何人か逮捕されていたようだがあれはどうなったのかしら。あっ、これは余談。余談。責めんといてな。

令和関係(令の字の解釈)

すいません、仕事が忙しすぎて深夜帰宅が続いているので、一応メモ程度。

令和の令の康煕字典。太字の箇所が「令和」の令の字の意味に近いところ。幕末にボツネタになった年号案「令徳」も一応出ている。

《集韻》《正韻》従力正切,零去聲。律也,法也,告戒也。《書·囧命》發號施令,罔有不臧。《禮·月令》命相布德和令。《周禮·秋官》士師掌士之八成,四曰犯邦令,五月撟邦令。
又三令。《前漢·宣帝紀》令有先後,有令甲,令乙,令丙。
又縣令。漢法,縣萬戸以上爲令,以下爲長。
又時令,月令,所以紀十二月之政。
又善也。《詩·大雅》令聞令望。《左傳·成十年》忠爲令德,非其人猶不可,况不令乎。
又姓。
又《集韻》郞丁切《正韻》離呈切,従音零。厮役曰使令。
又丁令,地名。見《前漢·張湯傳》。或作丁零。
又令狐,亦地名。
又令狐,複姓。
又《詩·齊風》盧令令。《註》盧,田犬。令令,犬頜下環聲。
又與鴒通。《詩·小雅》脊令在原,兄弟急難,卽鶺鴒鳥。
又令適,甓也。與瓴甋同。
又《集韻》郞定切,音笭。令支,縣名。在遼西。
又《廣韻》力延切《集韻》陵延切,従音連。亦縣名。《前漢·地理志》金城郡有令居縣。
又《集韻》盧景切,音領。官署之長。
又叶呂張切,音良。《韓愈·谿堂詩》凡公四封,旣富以强。謂公吾父,孰違公令。叶下邦。 《說文》載卩部。从亼从卩。發號也。《徐曰》亼卽集字,人而爲之節制。會意。

考證:〔又縣令。漢法,縣萬戸以上爲令,以二爲長。〕 謹照漢書以二改以下。


説文解字注。

發號也。号部曰。號者、嘑也。口部曰。嘑者、號也。發號者、發其號嘑以使人也。是曰令。人部曰。使者。令也。義相轉注。引伸爲律令、爲時令。


詩箋曰。令、善也。按詩多言令。毛無傳。古文尚書言靈。見般庚、多士、多方。般庚正義引釋詁。靈、善也。葢今本爾雅作令、非古也。凡令訓善者、靈之假借字也。从亼卪。號嘑者招集之卪也。故从亼卪會意。力正切。古音在十二部。


詩経の毛伝鄭箋について議論している。鄭箋は鄭玄の詩経の注釈。これは「帰田賦」の李善注にも引かれている。


百田尚樹氏の「中国文化は日本人に合わぬ。漢文の授業廃止を」という意見の誤りについて

例の日本国紀を書いている作家の百田尚樹氏については、ツイッター上で何度も批判してきたが、彼の史観は根本的に問題が有ると思う。戦前のことがよく分かっていないし、そもそも皇国史観をゆがめたGHQを批判しておきながら、どうゆがんでいるのかよく分かっていないのではないか。

それは以下の記事によく現れている。

百田尚樹氏「中国文化は日本人に合わぬ。漢文の授業廃止を」 https://www.news-postseven.com/archives/20170406_506550.html

事実誤認と誤解が非常に多いし、何処まで日本史や日本文化を理解しているのか甚だ疑わしい。 まず彼は下記のように奇説を述べる。
尖閣周辺の東シナ海や南シナ海で暴れ回る中国に対峙しようという時に、もっとも弊害になっているのが日本人の「中国への漠然とした憧れ」です。
は?としか言いようがない。中国に対峙しようという時、最も弊害となっているのは海上保安庁や自衛隊の予算不足だろうし、それを認めない野党と左派マスコミ、それにおされて不十分な予算しか付けない政府ではないか。日本国民の親中意識だと?統計上は8割が嫌中なんですがねえ。(https://news.yahoo.co.jp/feature/166)

ところが百田氏は漢文がいけないんだというのである。
そもそも、なぜ学校で「漢文」の授業があるのか。英語と違って使う機会なんてないし、あれは趣味の世界だと思うんです。子供の頃から誰でも知っている「中国4000年」という言葉も、あの国への無意味な憧れを生んでいます。
あなた本気でそれを言っているんですか。まさか戦後左翼が漢文の授業を作ったと思っているんですか。

戦前までは「漢文」はもっと格が上で教員免許も「国漢科」だったんですがね。

なぜ漢文の授業が有るか、「日本通史の決定版」を書かれた先生に言うのはちと増上慢かも知れませんがお教えいたしましょう。

端的に言えば戦前は「国民精神の涵養」が目的。

「日本人の優秀さを理解させ、陛下の赤子たる臣民に日本精神を叩き込む」(和歌山県同和会「同和叢書. 第5輯」昭12至14より要約)為である。

「国体の精華、国民の美風、偉人の言行」を生徒に教え込む教材として「国漢科」があったのだ。

だから教材も「日本外史」や荻生徂徠などが取られている。徂徠は貧乏な中豆腐屋からおからをもらって学問に励んだので「欲しがりません勝つまでは」の精神のためであろう。貧しくても頑張って働くんだ!という意識をつけるためなのである。昭和12年-14年の教育ですからね。

中国の教材も有るが、例えば十八史略は「上下相食み骨肉相争う残酷な史実に、我が国の平和と清浄を反省させる」目的、
陶淵明の「桃花源記」は人格の融和を図る目的、『管子』は経済を学びよい指導者となるため、王陽明の「教條示龍場諸生」は「立志・勤學・改過・責善」を覚えさせる意味である。 (いずれも「同和叢書. 第5輯」の説)

なお、中国では管仲も王陽明もいずれもマイナーな古典、というより異端の学であるが、管仲も王陽明も日本人は大好きで国体にあっているから教えているのである。
どう見たって百田さんの言うような中国は「歴史ある偉大な国」「文明的ないい国」だと思わせる目的じゃあないんだわ…日本ファーストでしかないんだわ…

では戦後教育ではどうだったかって。昭和20年代は随分日本人の漢文が多かったのである。

「支那」という用語は悪くないという論陣を張った保守派論客・長沢規矩也氏が漢文教科書を作っているのだが、「漢文の知識が なけれ ば わ が古 典が わ か らぬ」と言う長沢氏はひどく残念そうに「敗戦後、忠と孝と を出発点とする倫理教育が否定され たので、国語漢文科の終極の目的を国民精神の涵養という点におくことは認められなくなった。」と書いていることを百田氏はご存知か。

だから教材がこんなふうである。GHQに睨まれぬように中国の教材も多いが。 「天女 」 (丹 後風 土 記)、「漢学之始」 〔古事記 )、「以和 為貴」〔憲 法十七条)、「遣唐使 」 (日本 書紀 )、「望不 尽 山」(山部 赤人)、「梅花歌序 」(山上憶 良)、「古語拾遺序 」(斉部広成)、「池亭記」(慶滋保胤)、「菊 河駅」(吾 妻鏡 ) 「漢 民族 を正しく理解 する た め に」「中華 民 国 を認識 するた めに」という名目は一応有るが、主に江戸時代以来の日本人が愛唱し、日本文学に影響したものを多く教材としていたのである(ここの部分の記述は『昭和20年代初期における漢文教科書 : 「文化教育」的漢文教育観の展開』冨安 慎吾によった)。

まあ段々徐々にウヨっぽい日本漢文が削られていくんですけど、百田さんにいいたいのは「漢文はそもそも中国讃美のための教科じゃないですよ」ということだし、「漢文教育をやめること」ではなく「日本人の漢文を増やすべきだ」なんである。

だいたい日本の左派だって荻生徂徠はみんな知っていたのである。丸山真男みたいに。荻生徂徠は中国崇拝だというデマに丸山は怒って「いや、徂徠は日本大好きだ」と反論文を書くほどだ。そうでなきゃあ、丸山の弟子の小室直樹があんなに漢文を縦横無尽に引くわけがないです。
戦後左翼が漢文を封建的として全否定するのは丸山を批判した新左翼以降ではあるまいか。

それからあなたはギョーカイ人なんだから、「中国4000年」というのが明星の中華三昧の1981年のCMのキャッチコピー(作者は糸井重里氏)だってなんで知らないのかね?それは漢文教育じゃないよ。 糸井重里に文句はいってくださいよ。訳がわからない。

ちなみに保守が日本の古典について学ぶことがいかに大事かについては今更言うことでもありますまい。

まとめると、
・百田尚樹氏は戦前の日本についてあまりよく理解していないのではないか?
・漢文教育の目的は「親中派を育てる」意味ではありません。「漢文の知識がなければわが(日本の)古典がわからぬ」からですよ。
ということである。一旦筆を置く。
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