群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

webディレクター兼雑誌記者の松平俊介が書いているブログです。

web技術者・web記者の松平俊介の江戸時代とweb技術についての雑記ブログです。web技術者の傍ら、雑誌記者として各種月刊誌・webメディア『ガジェット通信』に執筆してきました。 webの時事問題や、web制作、ウェブマーケティング、江戸時代史や『江戸しぐさ』批判などが主な執筆範囲。 これまで書いてきた主な記事→http://rensai.jp/author/touryuuuan

元史がひどすぎる!思わず吉牛コピペを思い出しちゃったよ

昨日、近所の神保町で小林高四郎訳の『元史』(明徳出版社・中国古典新書シリーズ)買ったんです。『元史』
チンギスハーン(元の太祖)に始まる中国元王朝について書かれた歴史書(正史)。二十四史の一。明王朝の編纂、編集責任者は宋濂(そうれん)らですね。
そしたらなんか文章がめちゃくちゃ下手くそで読んでいてつまんないんです。
で、よく見たらなんか小林先生が鬼のように注釈付けてて、「これについては「元朝秘史」が詳しい」「清朝考証学者は元朝秘史が正しく『元史』は誤っていると主張している」「『元史』は元朝秘史を簡略にしすぎてわけがわからなくなっている」、とか書いてあるんです。
清朝考証学の大家・銭大昕先生なんかブチ切れてて、「これは中国史上最悪の正史だ」とまでいってるわけです。
もうね、『元史』の編者宋濂は、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、野史、物語にすぎない「元朝秘史」に、中国様の文明の精華というべき正史がボロ負けしてどうするんですか、ボケが。
わけがわからなくなっている、史上最悪とか書かれて悔しくないのか、明王朝。
なんかスブタイ(スブタじゃないぞ)の列伝が2つもあるし。モンゴルの武将はクローン人間か。おめでてーな。
チンギスハーンの血沸き肉踊る活躍が砂を噛むようにつまらなくなってるの。もう見てらんない。
お前らな、恥ずかしいから正史の座から外れろと。
中国の正史ってのはな、もっと面白くなっているべきなんだよ。
お前は本当に歴史を編みたかったのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、元王朝が取っていた古文書をコピペしてルーチンワークでまとめただけで、暴君・朱元璋からやれっていわれたからやってただけって言いたいだけちゃうんかと。
とにかく面白く無いので素人にも玄人にも万人問わずお薦め出来ない。
まあ、普通の方は、井上のやっさん、じゃねえや、井上靖の『蒼き狼』とか読んでれば別にOKってこった。

武則天(則天武后)が流行っているのかねえ

ネット上のお知り合いの枕流亭さんのブログを読んでいたら、なんか玄奘三蔵の漫画に武則天(則天武后)が
出てくるらしいですね。

[漫画][中国史]『三蔵法師の大唐見聞録』
http://d.hatena.ne.jp/nagaichi/20120702/p1#c

そういえば、安倍なつみ風の武則天が出てくるラノベも昔ありましたね。著者の田村登正さん、最近見ませんが
どうなさったんでしょうか。
大唐風雲記〈2〉始皇帝と3000人の子供たち (電撃文庫)大唐風雲記〈2〉始皇帝と3000人の子供たち (電撃文庫)
(2002/05)
田村 登正

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※手前のぽっちゃりした女の子が武則天

武則天(則天武后)が美少女だったという話の元ネタは、多分明の色情小説(要するにエッチな本)、『如意君伝』当たりだと
思います。『如意君伝』によると、武則天(則天武后)は70歳を過ぎても年若い美少女にしか見えなかったんだそうだ。ホントかよ。

マスコミは何故「薨去」の語を用いないのか…各社に回されているお達しから考える 故・三笠宮家寛仁親王のご逝去(薨去)を謹んで哀悼させて頂きます

長いタイトルですが、「ヒゲの殿下」として親しまれた三笠宮家の寛仁親王様が昨日ご逝去(薨去)されました。
謹んで哀悼させて頂きます。
さて、漢語表現でしばしば問題になるのは、皇室敬語の問題です。今回の寛仁様の件も、
逝去なのか薨去なのか実にわかりづらい。だから、安っぽいマスコミ批判をする人が、

「寛仁親王様の場合は逝去じゃないだろ!薨去を使えよ!
マスゴミが日本語もろくに知らないなんて!これだから記者クラブに(以下略
売国勢力に支配されて(以下略」

みたいなことをいってる人が仰山湧いているわけですが、
実は逝去って薨去より上だし、皇室敬語として間違いでもないんですよ。
記者クラブも偏向報道もこの場合はなんにも関係がないんだよなあ。

古代からさかのぼってみてみましょう。
まず、この手の文言をもっとも古く取り決めたのは古代シナの儒者連中です。
五経の一、『礼記』の中で、礼の細則を儒者連中が合議して取り決めた記録「曲礼」にありまして、これが東アジアのしきたりになっていたわけです。

「天子の死は崩(ほう)と曰(い)ひ、諸侯は薨(こう)と曰ひ、大夫(たいふ)は卒(そつ)と曰ひ、士は不禄(ふろく)と曰ひ、庶人は死と曰ふ」と決めているわけです。

で、諸侯というのは日本で言えば宮様なんで、薨去で正しそうな気もしますし、日本の律令制では親王や三位以上の死は薨去といっていたのだからそれでいーじゃんと言えそうな気もしますが、ことはそれほど簡単ではない。

■崩御と同格の言葉だった「逝去」!『三国志』の著者・陳寿が旧主・劉備のためにわざわざ使う?

実を言うと、「逝去」(せいきょ)は崩御に準ずる言葉なのです。
「逝去」(せいきょ)
「殂落」(そらく)
の二語は、皇帝の死を指す忌み言葉
なのですが、これ、前に出した儒者の取り決め「礼記」以前の儒家用語だったフシがあるんです。要するに古代の帝王の死を指す忌み言葉のようです。堯帝・舜帝の亡くなった時に、「崩御」と同じ意味で使っているわけです。例えば、書経〔舜典〕には「勛、乃ち殂(ゆ)く」の語が見えます。
藤堂明保氏は、殂と逝を類義とし、「殂は身分の高い人が死ぬこと、逝去する。死ぬことを忌んで『ゆく』といった」(同氏『学研漢和大字典』)とします。
まあ、合議した時に「皇帝はお一人しかいないから、用語も崩御だけで十分じゃん」ということで規則から漏れたのでしょうが…
それを復活させたのは、『三国志』の著者・陳寿でした。御存知の通り、三国志の時代は皇帝三人という時代なので、
曹丕・劉備・孫権の三人の皇帝の皇室用語をどうするかはかなり問題です。で、陳寿はこうしました。

曹丕…一番領土が広いし、後漢から皇帝位を引き継いでいる正統な皇帝だから「崩御」
劉備…昔、自分は蜀の家臣だったので、えこひいきして、皇帝並みということで「逝去(殂落)」
孫権…どうでもいいので諸侯並で「薨去」


陳寿ヒデエ…蜀は一番三国志で弱くて小さいのに、えこひいきで劉備を皇帝並みとかありえん…
高島俊男先生も著書『三国志人物縦横談』で、
陳寿は不公平だといって厳しく批判されてますが、御存知の通り『三国志』はベストセラーですから、
「逝去」という言葉がにわかに復活してしまったわけですね。
で、この用語が今回の件でまたしても復活したのはこういう経緯です。

■「薨去」が使えない漢字だったので、「逝去」復活!
マスコミの元締めである社団法人・共同通信社という組織がありまして、
ここには新聞テレビ・ラジオ・週刊誌・ネットニュースまでぶらさがっているわけですが、
ここは各社で会議をして報道用語も取り決めています。で、取り決めは
一般企業でも使えるように『記者ハンドブック 新聞用字用語集』という本になってまして、
大きい本屋だと置いてあることもある。あんまり見ないけどね。

記者ハンドブック 第12版 新聞用字用語集記者ハンドブック 第12版 新聞用字用語集
(2010/10/27)
一般社団法人 共同通信社 編著

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序文には「マスコミ各社の合議による統一性を尊重して、共同通信社及び加盟各社の意見を取り入れ…」と仰々しく書いてあります。

死亡記事の規定とフォーマットも定められているのですが、(数ページに渡り事細かに決まっている)
そこでの規定は「死去」なんですね。一般人は官位があろうとなかろうと「死去」。
「庶人は死と曰ふ」という礼記の規定がここでも残っているのかと思うと驚きますね。

で、皇室は別扱いでして、「皇室には原則として敬語を用いることが国民感情にも合っている…」とわざわざ書いてあります。
で、多分問題になったのは、宮内庁からもらったリリース内の「薨去」という文言です。
なぜか。薨(こう)という字は常用漢字ではないんですね。常用漢字は文科省とマスコミの取り決めですから記事の見出しでは使えない。リリースはいいんです。お客さんがいっておられることはそのまま書きます。書き換えたら捏造になっちゃう。
でも見出しは困る。そこで薨去より上で、普段使わない「逝去」を持ってきた。ということだと思います。

で、野田首相や最高裁判所長官(要するに三権の長)のコメントはリリース通り「薨去」
見出しと本文は「逝去」つうことになったのではないか?と思うわけでした。
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