群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

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雑誌『密教講座』

11月3日まで行われた、神保町古本祭にて入手。

『密教講座』とは、真言宗系の阿含宗の出版社、平河出版社から昭和48年頃から
発刊された学術雑誌。ところが、ネット上には殆ど情報がない。

この頃、まじないの仏教として一般的に低く見られていた真言密教が見直され
はじめており、この雑誌もその一環として出版されたものだと思われるが、
普及はほとんどしなかったと思われる。なにしろ、この雑誌は束になって
ドカンと古本市の会場に置かれていたものを、とりあえず第一期6巻揃えのみ
買ってきたのだが、表紙はやや汚れているが中は新品同様で、
中から「進呈 平河出版」と書かれた短冊が出てきたぐらいだから。

内容はかなり専門的で、一般の読者むけに多少分かりやすく書かれた記事もあるが、
いかんせん真言密教そのものが専門家ではないと分からないところも多く、
「とりあえず千日ほど断食をし」などと恐ろしいことが平気で書いてあるので、
全く売れなかったのも無理はない。

編集同人は、大橋覚阿・金岡秀友・桐山靖雄・土口哲光・山下輝夫・宮坂宥勝(途中から抜ける?)の
六氏だが、宮坂氏の名前が途中から消える。編集後記にも記載がないので謎である。
桐山氏の寺院・金剛華寺(現在の阿含宗本山大菩提寺と同じものらしい、京都府山科区の山中?)の
スタッフが関わっているようなので、特定の宗派に偏するスタンスになりがちだったのだろうか?
内情はよくわからない。

主要連載と想われるのは、
金岡秀友『密教の教え』
佐保田鶴治『ヨーガの行法について』
塚本賢暁『十八道念誦次第 中院流』
坂内龍雄『真言陀羅尼』
桐山靖雄『弁顕密二教論講義』
村岡空『祖典鑑賞 三教指帰』
となっているが、現在発刊されている『大法輪』を二倍ぐらい難しくした内容である。
この中の、『十八道念誦次第 中院流』とか、金剛華寺のスタッフが書いている行法解説とかは、
学研の「ブックス エソテリカ」シリーズで、この内容を相当要約したというか、省略したものが
出ている。結構、この雑誌をタネ本にしているライターとかはいそうだよね。
手元の仏教関係の本を見ると、この雑誌を切り貼りしたようなものは結構あるようだ。

元史がひどかったわけ

前の記事では思わず吉牛コピペをかましてしまいましたが、『元史』はとにかくひどいです。
で、注釈っつうほどでもないけど、ちょっと学術的なことを書いておきます。

・『元史』のひどいところ
小林先生の明徳版『元史』の解説にもまとめられていますが、結局誤りが多すぎるということに加えて文章が下手ということに尽きるようです。チンギスハーンの家臣の中でも猛者で知られたスブタイの列伝が
「巻八 速不台伝」
「巻九 雪不台伝」と、2つ連続して重複しているという、ありえない間違いがあります。
この手の間違いが五巻もあるのだから終わっています。
「巻一八 完者都伝」
「巻一九 完者抜都伝」

「巻一二三 忽刺出伝」※親戚の伝に付随
「巻一三三 忽刺出伝」

「巻一三二 阿塔赤伝」※親戚の伝に付随
「巻一三五 阿塔赤伝」

「巻一五〇 石抹也先伝」
「巻一五二 石抹阿辛伝」
と、いうのだからすごい。編者が如何にいい加減なヤツだったのか分かりますね。
清の考証学の大家・顧炎武もこの件について「編集責任者が宋濂・王禕・趙壎と三人もいたのに、
粗忽としか言いようがない」と呆れています。

これ、今のスポーツ雑誌で例えるなら、大リーガー列伝みたいな企画で
「イチローの打撃」

イチロウの移籍」

「川崎宗則について」

川崎宗矩とイチローの仲」
みたいな、誤字が記事タイトルに入った記事が連続で目次に出ているような状態です。
本気でこの三人は編集学校にでも入り直すべきだったと思います。しかもやらかしている五名が無名の人物ならともかく、スブタイと石抹也先は両方共、チンギスハーンの配下の中ではイチローや川崎レベルの大物武将ですから救えません。おまけに石抹也先の子孫の石抹宜孫は元の武将で、朱元璋と斬り合った人なんですね。朱元璋と一緒に戦っていた宋濂にとっては元ライバルなわけです。君たちはあれか、元ライバルのご先祖様のことも勘違いするのか。

モンゴル史の大家で、杉山正明氏も尊敬しておられる清の銭大キンになると、もうお手上げ状態という感じで
あきれ果てていますね。

「古今、元史ほど早く出来上がった史書は存在しないが、
文章が下手くそなことも元史の右に出るものはない。

編集責任者の宋濂・王禕は所詮は歌詠みで歴史学者ではない、
その他の書いている連中はズブの素人ばかりだ。バカで歴史を知らない連中ばかりだ。
具体的に言えば、
 モンゴル帝国建国の四人の傑人を記しているのに、ナントその一人チラウンの列伝がない。
元の諸侯国は数家しかなかったのに、一国、列伝が抜けている。
元の宰相(首相)五九名中、列伝が立っているのは半分もない。
(中略)
本紀は一つのことを何度も書き、
列伝は重複している有様だ。
宰相の表に苗字だけの人もいれば、
諸王の表に王名だけで姓名不詳の人もある。
ここまで構成がひどい上、間違いだらけのデタラメなものでは、
文章が上手い下手以前の問題でお話にならない」『十駕齋養新錄』より、意訳

まあ、銭大キンはこのようにあきれ果てて、『元朝秘史』やモンゴル時代の石碑の碑文研究に打ち込んでいくわけですが(『元史訳文訂補』に、銭大キンが『元朝秘史』を宮中で発見したことからモンゴル史の研究が盛んになったと序文にあります)、いかに元史がひどいかは学界でも定評があるのです。

・なぜ、ひどくなったのか
まあぶっちゃけていえば、元史は「元は滅んで明になったよ!だから明が歴史書を書いたよ!」という
対外的なアピールのために出来ているわけで、わずか一年足らずという異常な速さでものすごく出来の悪い
歴史書を書いたわけです。そのころ実は元王朝は滅亡どころか、普通に国として存続していました。
元史が完成した1369年、明はわずかに元王朝の2つ目の首都・上都城を落とした程度で、
元の恵宗皇帝・トゴン・テムルは内蒙古の応昌府でがんばっていました。明は恵宗皇帝が翌年崩御すると、
勝手に「明に降伏した皇帝」ということで順帝という諡をでっちあげてしまうのですが、別に元は明に
降伏などせず、歴史上北元という王朝としてずっと存続します。

トゴン・テムル・ハーン(廟号は恵宗)が1370年に死去すると、明はトゴン・テムルに「天意に順じ明に帝位を譲った」という意味の順帝という諡号を贈り、トゴン・テムルに代わってハーンに即位したアユルシリダラ(昭宗)を「故元太子」と呼んで元の皇帝と認めなかった。しかし明の主張の一方で、元(北元)は依然としてモンゴル高原の遊牧勢力の君主として強大な軍事力を持っており、1372年には明がモンゴル高原に送った北伐軍を撃退した。
この時点で元(北元)の勢力は中国の北方から甘粛、雲南まで維持しており、江南と華北をようやく制覇したに過ぎない明を取り囲むようにして南北に対峙していた。

(ウィキペディア「北元」の項目より)

そんな状況ですから、元史は内容云々よりも外見の体裁さえ歴史書っぽければそれでよかったわけですね。
まあ、今の中国の「中華パッド」みたいな電化製品同様、
「外見のガワだけは日本や欧米のメーカー品をパクっていてなかなかのものだが、
中の機能たるやメチャメチャ」
という状況を、ズブの素人をかき集めた人海戦術で創りあげており、まあ、明王朝って今の中国の
プロトタイプなんだよなあー、と思わず納得しちゃうわけですよ。

元史がひどすぎる!思わず吉牛コピペを思い出しちゃったよ

昨日、近所の神保町で小林高四郎訳の『元史』(明徳出版社・中国古典新書シリーズ)買ったんです。『元史』
チンギスハーン(元の太祖)に始まる中国元王朝について書かれた歴史書(正史)。二十四史の一。明王朝の編纂、編集責任者は宋濂(そうれん)らですね。
そしたらなんか文章がめちゃくちゃ下手くそで読んでいてつまんないんです。
で、よく見たらなんか小林先生が鬼のように注釈付けてて、「これについては「元朝秘史」が詳しい」「清朝考証学者は元朝秘史が正しく『元史』は誤っていると主張している」「『元史』は元朝秘史を簡略にしすぎてわけがわからなくなっている」、とか書いてあるんです。
清朝考証学の大家・銭大昕先生なんかブチ切れてて、「これは中国史上最悪の正史だ」とまでいってるわけです。
もうね、『元史』の編者宋濂は、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、野史、物語にすぎない「元朝秘史」に、中国様の文明の精華というべき正史がボロ負けしてどうするんですか、ボケが。
わけがわからなくなっている、史上最悪とか書かれて悔しくないのか、明王朝。
なんかスブタイ(スブタじゃないぞ)の列伝が2つもあるし。モンゴルの武将はクローン人間か。おめでてーな。
チンギスハーンの血沸き肉踊る活躍が砂を噛むようにつまらなくなってるの。もう見てらんない。
お前らな、恥ずかしいから正史の座から外れろと。
中国の正史ってのはな、もっと面白くなっているべきなんだよ。
お前は本当に歴史を編みたかったのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、元王朝が取っていた古文書をコピペしてルーチンワークでまとめただけで、暴君・朱元璋からやれっていわれたからやってただけって言いたいだけちゃうんかと。
とにかく面白く無いので素人にも玄人にも万人問わずお薦め出来ない。
まあ、普通の方は、井上のやっさん、じゃねえや、井上靖の『蒼き狼』とか読んでれば別にOKってこった。
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