布施弁天にお参りしてきた。千葉県文化財の山門はお正月の準備で工事中でした。人が少なかったので、お堂や仏像、文化財もじっくり見れました。

面白いのは本堂の中に、狩野探舟(ママ)の天井絵があること。探舟は多分、狩野探船(1686-1728)の誤り。絵は剥落が激しく、龍の顔ぐらいしか分からない。恐らく迫力ある龍の絵だったのだろう。

あと、奉納している絵馬に後北条氏が弁財天を拝んでいるものがあったこと。本堂の施主(クライアント)は寺社奉行で船戸藩1万石藩主の本多正永(1645年12月28日ー1711年)なので、その関係の人だろうか。本多正永の周辺の後北条氏というと、北条綱成のひ孫で、佐倉周辺に領地があった北条氏長・氏平親子がまず思い出される。

布施弁天の施主は寺社奉行の本多正永だったわけで、彼も仏教には通じていたと見ていい。なにしろ、彼の四代前の叔父さんの本多正信は浄土真宗のガチな高弟だった人で、江戸時代になっても仏教の講義を浅草でやっていたらしいのだよな。

で、元々浄土真宗だった本多氏が何故真言宗の寺の造営をしているのか?近隣の北条氏との関係をうかがわせる絵馬はなぜあるのか?この寺、意外と謎が多い。

もう一つ布施弁天で特筆すべきなのは、からくり伊賀七こと飯塚伊賀七が作った鐘楼が現存することだろう。で、この飯塚伊賀七なる人物。妙にアニメ「キテレツ大百科」の木手奇天烈斎とだぶるのだよな。ま、まさか…

木手奇天烈斎は、アニメの設定だと江戸時代の発明家。リリエンタールのグライダーよりも前に飛行機を完成させ、コロ助を作ったが、「世間を騒がせた」として捕まり、死ぬまで座敷牢に軟禁された。自分の発明を密かに『奇天烈大百科』として書き残し子孫に伝えたという人。(bywiki)
で、飯塚伊賀七。飛行機を完成させたこと、からくり人形を作ったこと、世間を騒がして処罰されたことはほぼ木手奇天烈斎と同一の事績。で、郷土の英雄として筑波研究学園都市で記念展が何度も行われている、と、いわゆる「完全に一致」レベルの事績が…筑波研究学園都市は例の「はやぶさ」開発にもからんでいたので、この話を要約すると、コロちゃんは最終的にはやぶさになり宇宙へ飛んでいったのが史実という超展開に…それでいいのか?!郷土史を調べていてこんな話になるとは思わなかった…