明治時代に、ドイツ参謀本部のメッケル氏が日本に来た時、関ヶ原の布陣図をみて「西軍の勝ちではないのか?」といったという話がある。最近、ネット上で「この話は創作ではないか?」という話が出ているが、別の話を見つけたので、メモとして書いておく。

メッケルが関ヶ原の布陣図を見て「西軍の勝ち」といったのは創作の疑いがあるという話と当時の混乱した状況

1987年発行の歴史雑誌『歴史群像シリーズ4 関ヶ原の戦い 全国版』の「第六章 対談・関ヶ原」で、二木謙一氏(國學院大教授)が以下のように述べている。(134ページ)

明治十八年(1885)、陸軍大学校の教官として来日した、ドイツのクレメンス・メッケル少佐が、関ヶ原の布陣を見て、即座に「西軍の勝ち」といったぐらいですから


これを見て私はわからなくなった。二木先生は戦国時代の古文書研究や有職故実では相当実績のある方である。この対談でも古文書研究を元にした手堅い論を展開している。なにか、海音寺潮五郎の武将列伝を遡る出典がありそうな気もするが。

なお、メッケルの話が創作だと言い出したのも、実は歴史雑誌『歴史群像』らしい。

メッケルが関ヶ原の布陣図を見て「西軍の勝ち」といったのは創作の疑いがあるという話と当時の混乱した状況
歴史群像105号の、『布陣図が語る西軍敗北の道筋』(河合秀郎)ですね。あの記事では「何者かの創作」だったので、あの後で司馬遼太郎先生が原因だと分析された方がおられたのかしらと


どっちなんだ。