こんなにある!「江戸しぐさ」側がひた隠しに隠している江戸町人の史料群
江戸しぐさ側では、江戸町人の史料を出来るだけ「なかったこと」にしたいようだ。

ところが、江戸町人側の史料は多数残っており、その中には江戸しぐさに都合が悪い文書も相当あるのである。

武陽隠士『世事見聞録』岩波文庫など
本名不明の「名目金の取り立てや公事訴訟の相談」をしていた浪人が書いた江戸の中流・下流の風俗随筆。
江戸しぐさが口を極めて礼賛する江戸の大商人を「強欲で極悪非道な連中」「ウソとおべんちゃらで世をわたっている」と痛烈に批判し、賄賂や談合の内幕を暴露している。その口調はアウトローの人だけに過激を極めており、「農民や職人は僅かな収入を額に汗して稼いでいるのに、大商人共はすさまじいぜいたくをしている」と述べている。

あれ?江戸しぐさでは、「お心肥やし」をして、常にみんなのことを考えているはずの人格者だったはずだよね?

篠田鉱造『幕末百話』『明治百話』(上下)岩波文庫など
明治5年生の報知新聞の記者が、幕末に生きていた人に聞き書きを大量にとったもの。
当時の世相が手に取るように分かる。「明治時代に入っても時計が高価な上に粗悪で、時間は当てにならなかった」など、江戸しぐさに都合が悪い記述もある。

「時泥棒は十両の罪」じゃなかったの?できなさそうだよね?

東京日日新聞社社会部編『戊辰物語』岩波文庫など
現在の毎日新聞で取った連載の「江戸っ子聞き書き」。この資料の存在そのものが「江戸しぐさ」の伝承「明治維新の時に政府から200年は江戸の江の字もまかりならんといわれた」という話を否定している。東京日日新聞社は政府系なのだった。記者の中心だったのは新撰組の基礎資料を整理したので有名な子母澤寛。彰義隊の「薩長狩り」について書かれており、江戸しぐさに都合が悪い。

「江戸っ子狩り」のとき、江戸町人は無抵抗だったんじゃないの?あと、維新政府の「殿様」である「土佐のご隠居」山内容堂とか、「屋台の立ち食い寿司屋で喧嘩していた黒田清隆」とか、明治政府の人々とも江戸っ子は仲良くしているみたいだね?

斎藤月岑『武江年表』ちくま文庫、東洋文庫など
江戸の大商人たちが書き継いだ町方の年表である。江戸っ子狩りがまったくの虚構であることが明治初年の記述を見れば火を見るよりも明らか。この資料の存在そのものが「江戸しぐさ」の伝承「大商人たちは文書を残さなかった」という話を否定している。

高村光雲『幕末維新懐古談』青空文庫、岩波文庫など
江戸開城当時19歳の職人だった高村光雲が後年思い起こして息子の高村光太郎に語ったものだが、「上野戦争の時、近所からいじめられていた半さん一家は戦争のことを近所から知らされず、自分から聞いて慌てて逃げた」だの「芸事を武家出の奥さんに習いにいったが、弟子のしぐさがあまりにもヘンテコだったのでバカバカしくなりいかなくなった」などの記述がある。

「江戸しぐさを実践すればいじめはなくなる」んじゃなかったっけ?