江戸しぐさ批判を随分やっているのですが、最近目につくのが「江戸しぐさ」を、明治期の、教派神道みたいな「作られた伝統」と同一視する風潮。 気持ちは分かるんですよ。でもねえ、教派神道(注)と江戸しぐさを比べるのは、江戸しぐさの買いかぶりもいいところです。

なにしろ、江戸しぐさには1970年(昭和45年)に山本七平がベンダサン名義で書いた「日本人とユダヤ人」の警句「水と安全はただではない」を換骨奪胎したものが、江戸しぐさ「もったい大事しぐさ」として登場するんですから。
越川禮子『身につけよう!江戸しぐさ』(ロング新書、平成18年初版)
P80「もったい大事しぐさ」ですべてを大切に
(前略)
江戸の人々は、「安穏と水はただでは得られない」と考え、みんなが節水に気を使っていました。
注)教派神道…「国家神道に対して、幕末期に起こり、明治時代に、教派として公認された神道系教団の総称。黒住教・神道修成派・出雲大社教・扶桑教・実行教・神道大成教・神習教・御嶽教・神道大教・神理教・禊教・金光教・天理教・神宮教の14教派で、神宮教が明治32年(1899)解散したため、一般に神道十三派と呼ばれた。教典・教会を備え、また、神道大教を除き、教祖もしくは創始者が存する点で神社神道とは区別される。宗派神道。」(デジタル大辞泉より) 
 神社としては、京都の神楽岡宗忠神社(黒住教)、御金神社(金光教系)、奈良の天理教本部、山梨の身曾岐神社(禊教)、東京の出雲大社東京分社(出雲大社教)など、幕末から明治時代に出来たものが多い。