驚くべきことだが、ウィキペディアに有る江戸時代の諸藩の記事は、なんと一人の荒らしユーザーがでっちあげていたようである。

いま、必要があり江戸時代の史料をひたすら読みなおしているのだが、ウィキペディアにだけ有る、謎の記述が多すぎるため、近江「水口藩」 などのところを資料を元に読みなおした所、なんと「シェーラ(デュオ・ドルチェット・吉野信夫などの多数の変名も使用)」という荒らしユーザーが史料もなしに立項した項目であった。唖然としている。彼の自己紹介はかくのごとし。
 歴史が全般的に好きです。202.224.95.2の時から戦国時代の武将をはじめ、多くの武将を新規投稿させていただきました。
 あらゆる視点から、史料を通して歴史を見ています。すでに戦国武将(三好長慶やその兄弟など)の多くや江戸藩主、藩などの投稿を行わせていただきました。史料とは面白いもので、それまで名将と言われている人物の裏の顔なども見えてきます(直江兼続、石田三成など)。
 私は元号に直したりするのが大変苦手で、いつも西欧世界の西暦で表しています。お手数ですが、もし日本の元号に直すのが得意な人がおられましたら、私の投稿したものを元号になおしていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。
 202.224.95.188で投稿させていただくこともありますので、お願いします。
新規投稿(大久保長安事件、岡本大八事件、江戸時代の藩主、藩の記事(関宿、淀など)等等)。
現在は江戸時代の藩主(田沼氏、本多氏、井上氏など)、戦国時代の武将(吉川之経らマイナーな武将たち)を投稿しています。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A9

 
年号も読めないような人間が歴史学の百科事典を書きなぐるとはまことに世も末である。ところがこの人物、
立項だけはものすごい量をこなしており、シェーラ名義で約900件、 デュオ名義でも約200件、ドルチェット名義でも多数の記事を書きまくり、その中に大量のウソか本当かわからない話をぶちこんでしまったようである。実は彼の荒らし投稿は中国史にも及んでおり、駒田信二の小説「新十八史略」を出典に記事を書いており頭が痛い。

彼の歴史知識は、なんと時代小説や「信長の野望」の攻略本(!)から由来しており、荒らしを指摘されると、
なんと小説由来の話を大部の歴史事典を出典として書き始めるようになっており、
隆慶一郎の「影武者徳川家康」の話を平然と出典を偽って書いているのである。

以前、私はこう指摘した。(https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E8%99%9A%E5%81%BD%E3%81%AE%E5%87%BA%E5%85%B8%E3%81%8C%E6%8F%90%E7%A4%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E5%A4%A7%E9%87%8F%E3%81%AB%E6%8A%95%E7%A8%BF%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6)

『慶長年中卜斎記』:板坂卜斎『慶長年中卜斎記』我自刊我本、明治15、近代デジタルライブラリー所収。他、異本に
早稲田大学蔵本の江戸享和3年の土井利伏の写本『慶長年中記』などがある。
「北越軍談」:
『名将言行録』:
『老人雑話』:
いずれも隆慶一郎の伝奇小説影武者徳川家康や、それに類するものからの孫引きと思われます。関ヶ原の戦いで引用されている『慶長年中卜斎記』の文章を原史料と比較すると、史料からの引用に比べ、漢字がかなにひらかれ(例、莞爾々々→にこにこ)、写本『慶長年中記』と『慶長年中卜斎記』とを足して2で割ったような記述にされておりました。尚、同著は伝奇小説という小説の形式上、原史料とは異なる描写がされていることが往々にしてありますので、ウィキペディアの出典として用いるのには全く不適切です。

伝奇小説では虚偽史料を用いてもっともらしくする手法がよく用いられており(例を上げれば周大荒『反三国志演義』が発見したと称する『三国旧志』、半村良『産霊山秘録』に登場する複数の虚偽史料など)、

影武者徳川家康が引用する史料もこの類で、『徳川実記』に出てこない話が『徳川実記』よりとして普通に出てきたりします。なお、出典を世界逸話大辞典と称しているものにも、影武者徳川家康からの話があるようです(藤堂高虎、徳川秀忠で確認)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E9%80%B2%E8%A1%8C%E4%B8%AD%E3%81%AE%E8%8D%92%E3%82%89%E3%81%97%E8%A1%8C%E7%82%BA/%E9%95%B7%E6%9C%9F/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A9

当然ながら良心的な利用者から憤怒の声が上がり、史料を読んで下さい、あなたの出典は何ですかと何度も何度も炎上したが、彼は一度は謝ったりもしたが、結局それを無視して、アカウントを消される度に別名義で同じような記事を量産しているのである。くれぐれもウィキの記事を元に江戸諸藩を理解しないでいただきたい。