疲れきった仕事からの帰り道、書店で歴史書コーナーに行くのが僕の楽しみである。
ところが、この所どういうわけか行きつけの書店が

トンデモな真実の歴史に目覚めてしまった

らしく、 『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』などの原田伊織の「サムライ・エッセー」シリーズだの、フルベッキ写真だの大室天皇だの江戸しぐさだの、明智の子孫だのをやたらに歴史書コーナーに置きだして

「これが隠された歴史の真実」 

とやりだしてしまったんですね。まあそれで手に取った「サムライ・エッセー」シリーズの内容の強烈なこと強烈なこと。私、本当に精神値が削られてかなり辛かったね。(なお、サムライエッセーというのは原田伊織氏の公式ホームページで名乗っている名前である。)

「水戸黄門は人間のクズ」「水戸学はテロ思想」「郷土の偉人はテロ思想の神様」って、その言い方はないでしょう

なにしろ、『明治維新という過ち』第四章「テロを正当化した水戸学の狂気」は要約するとこんなんである。

「お前のふるさとの街を作った人間(徳川光圀)は人を斬ることに快感を覚えていたおかしい人間で、水戸学の書『大日本史』に藩のカネの三分の一をつぎこんだ人間のクズだ!いいことを何もしていない!」

水戸光圀は快楽殺人者で頻繁に試し切りをし、部下を公衆の面前で手打ちにしたりしていた。
江戸時代の武士が人をめったに切らなかったのにこいつは頭がおかしい人間だ!

「お前のふるさと水戸藩は愚劣という言葉もないほど愚劣などうしようもない所だ!」
「お前のふるさとの思想・水戸学はイスラム国と一緒だ!おかげでテロリストが出てきたじゃねえか!昭和維新とか言ってテロをやっていた橘孝三郎だの井上日召も水戸じゃねえか」
お前の郷土の偉人・藤田東湖は長州テロリストの神様!
「お前の先祖の主君は代々ろくでもない人間で、無差別殺人犯(光圀)だのキチガイの息子の嫁を襲って自殺させたセクハラ野郎(烈公)だのばかりだ!

しまいにはクズのドラ息子(一橋慶喜)が戦争から逃げ出して、家をつぶしてテロリストに殺人・暴行・略奪・放火などやりたいほうだいされた!
」 

そんなことばっかりめちゃめちゃに書いているんですぜ。幾らなんでもひどすぎやしませんか。
そういえば立花隆氏の親戚のおじさんの橘孝三郎氏の影響を受けただけで群馬生まれの井上日召まで水戸扱いになってるのもすごいね(水戸育ちの立花隆氏はけなさないのも謎だが)。

 私はいわゆるチバラキの住民で新横綱・稀勢の里の故郷、茨城県牛久市で青春時代を過ごしたのである。そして先祖の一族は一橋慶喜公に仕えて尊攘派に討たれている。そして水戸納豆は毎日食べている。今日も食べた。

そういう人間が「茨城憎し!水戸憎し!」の『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』などの原田伊織の「サムライ・エッセー」シリーズを読んだのだからたまらない。率直にひどいと思いましたね。

あんまりだ。水戸や茨城県がそんなに憎いのか。原田伊織の「サムライ・エッセー」というのはそういう点で余りにもひどいものである。そして、それが史実に基づいていればまだガマンもできようが、以下に書くように根拠が怪しい話ばかりなので、幾らなんでも誹謗中傷がすぎるんじゃないかと思うんですよね。本当に茨城や水戸に謝ってほしい。 

まず、この本は群馬出身者を水戸扱いするなどずさんなのだが、もっともらしく書かれている内容がほとんど裏とりすると怪しいのである。

1,徳川光圀が藩の財政の三分の一を水戸学につぎ込んだという話
これは戦前の徳富蘇峰が講演で言い出したことのようだが、かなり怪しい。水戸藩の財政はかなり苦しく、『藩史事典』でもこの頃から紙の専売制をやったり光圀が藩政に苦労した話を載せている。そもそもそんなにカネがかかるのか?

2,徳川光圀快楽殺人者説
これも怪しい。よくコンビニ本にその手のライターの妄想が書いてあるがそこら辺から持ってきたのだろうか。

そもそも前提条件の「江戸時代の武士はあまり人を切らなかった」という話が怪しい。光圀の江戸初期は平気で人を切っている。例えば肥前鍋島藩の二代藩主・鍋島勝茂は父の藩祖・鍋島直茂から「お前、人斬りの練習をやれ。大手門の前に下手人が十人いるから斬ってこい」と言われて九人斬ったという(『葉隠』)。

そもそも徳川光圀が頻繁に試し切りをした話はとんでもない誤解である。井上玄桐『玄桐筆記』によると、一回だけ夜中に同行者(名前を伏せているが光圀に無理やり命令しているところから見て相当高位の人だろう。家光?)に命令されて斬ってやめてしまったという。問答を意訳すると、
ある人「お前、人斬れよ。試し切りも出来ねえのかよ、本当に臆病だな」
光圀「そんなこと言われても罪のない人を斬るなんてひどい話じゃないですか、僕はやりませんよ」ある人「何言ってやがる。テメエが腰抜けで人間のクズだから人も斬れねえんだろうが!斬ってこいやオラッ!」
光圀「……そこまで言われるのでしたらもう仕方ないです、斬ります」
と言って非人が4,5人その辺に寝ていたのを「すまないが人を斬れと言われたので申し訳ない、本当に前世が悪かったと諦めてくれ」と一人斬ったが、非人たちから「あまりにもひどすぎる」と抗議されて「こんな人斬り好きな人とは思わなかった。もう二度とお供はしないようにしよう」と思い、その後二度とその人(多分、三代将軍家光)とは一緒に歩かなかったという。これで光圀が快楽殺人者にされるのではアンマリというものだ。

たしかに現代の目から見れば光圀はひどい。しかし、この頃の将軍だの大名だのは平気で人を殺しているのである。光圀はむしろそれを拒絶し、否定する側の人だったようである。

3,徳川斉昭がセクハラ野郎だったという話

原田伊織氏は確定した史実のように「長男の嫁に手を出しそれが元で彼女は自殺している、斉昭の淫乱ぶりがうかがい知れよう」※1と断言しているが、これは元々三田村鳶魚が勝手にそう思い込んだだけの話である。史料はない。

※1『明治維新という過ち』第四章「テロを正当化した水戸学の狂気」より要約

長男の徳川慶篤の嫁さん・線姫(いとひめ)が22歳で急死したのを疑って、「これは斉昭がスケベだからなにかあったんだろう、自殺したんだろう」と著書『大名生活の内秘』で書いたのである。三田村鳶魚は江戸時代の男女関係については直ぐに芸能ゴシップのようなことを書く人であまり信用できないし、鳶魚は徳川斉昭を嫌っている人なのでどうも信頼できない。

原田伊織氏は鳶魚の本を見ていないはずで(参考文献にない)、どこかで誇張された話を又聞きしたのではないか。なお、山川菊栄は線姫の死因を、お局様からのイジメを苦にした自殺ではないかとしている。斉昭関係ないじゃないか。