午後一時、会場に一歩足を踏み入れた時、正直言って驚いた。

入り口で係の方がバッグを配っていたので「これ、意外と大きいイベントなんだろうか」 と思い、会場の中に入ったらコミケもビックリのスペースがずらりと並んでいた。

私はここまで盛大な催し物だと思わなかったので、この時点で気圧されたというのが正直なところだ。 おまけに駅から歩いていた人は殆ど男性だったので、会場内に女性が多いので益々驚かされた。 普段、広告業界で切った張ったの殺伐とした人生を送っている身としては「伝説の女流文学者が、こんなに!こんなに!」とカルチャーギャップを覚えたものである。周りに小説好きはいても、実作までやっている人は少ないからね。

以下は買った本を中心に。

文学フリマで購入した本11冊を今すべて読み終わった。鬼だったのは全作家協会さん(http://zensakka.world.coocan.jp/ )「全作家短編集」2冊で、一冊に26本くらいの短編が入っている。これは読み切るのが大変であった。 全作家協会の方は「いやー、持って帰るのもナンですからね…これも持っていってよ」と3冊おまけしてくれたのだが、これはありがたいことであった。

この全作家協会さんは元々「全国同人雑誌作家協会」といい、あの丹羽文雄先生が初代会長という同人作家の超老舗である。

腰を抜かしたのは、私の恩師が作中に登場していたことだった。どうも昭和40年代に信州の文芸同人に入っていたらしい。 崎村裕氏の『わが愛のれくいえむ』に出てくる。

この頃の文芸同人はかなりおっかないところだったらしい。

崎村裕氏は「ヨーロッパ旅行中に変わった墓石を見た話を作品に書いたところ、『ものを書く人間が無知をさらけ出すとは何事だ。和辻哲郎の風土を読んだのか!』と編集担当者に大声で言われて口論になった」のだそうである。
今のツイッター批評空間など昭和の文芸に比べれば随分おとなしいものである。

 祖慶實氏の『松平外記異聞』「全作家短編集」第16巻所収)はおそらく文フリに行かなければ巡り会えなかった小説だろう。 おそらく江戸時代の松平外記事件(千代田の刃傷)を扱った最初の小説ではあるまいか。

幕末の幕臣・松平外記忠寛(まつだいら・げき・ただひろ)が文政6年(1823年)、江戸城内で勤務中、同僚のイジメに耐えかねて相手を斬り殺した「松平外記事件」は、私も書こうとしたことがあったがあまりにも陰惨なのでどうにも手がつけられなかった。

祖慶實氏は練達の筆運びでなんとか救いをもたせるような方向と、途中の陰惨な武家社会を見事に描いている。調べたら松竹シナリオ研究所に居られた方のようだ。どうもずば抜けている。

さて、別のサークルに目を転じよう。

湯ノ浦ユウさんの「25th Avenue」はとても優しいメルヘンの小品で、忘れていた子供の頃のあの温かい情景を思い起こさせるものであった。作中の二十四番街、二十五番街は24歳、25歳の象徴なのだろうが、ほとんど美しい詩のような中に、過ぎ去った年の失われた可能性と、まだ見ぬ年の淡い期待が表現されている。これはどう見たって無骨者の私には書けないたぐいの小説であって、湯ノ浦ユウさんの才能がよく表現されていると思う。

清水恵利子さんの「はけない」は、乙女心と好きでもない男からのキモイ行動が描かれており、男の私にはギョッとする内容であった。生活描写も非常にリアリティが有り、あたかも眼前でこれらのことが繰り広げられたような気がしたものであった。すごい女流作家がいるものである。

田直(酔翁)さんの「蓬莱同楽集」は昭和に断絶した漢詩文を復興させる狼煙のような驚くべき一冊で、文学フリマもここまで幅が広いのかと驚かされた。人気美少女ゲームを題材にした漢詩など誠に前代未聞であろう。個人的にほぼ同郷の飯田周庵さんが悲憤されている茨城県の原状など、全く個人的に「そうなんだよ!ほんとうにそうなんだよ!」と思わざるを得なかった。

それにしても、文学フリマもここまで懐が広いイベントであったかとつくづく驚嘆してばかりであった。これまで会を続けられた関係各位には頭が下がる。