群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

webディレクター兼雑誌記者の松平俊介が書いているブログです。

web技術者・web記者の松平俊介の江戸時代とweb技術についての雑記ブログです。web技術者の傍ら、雑誌記者として各種月刊誌・webメディア『ガジェット通信』に執筆してきました。 webの時事問題や、web制作、ウェブマーケティング、江戸時代史や『江戸しぐさ』批判などが主な執筆範囲。 これまで書いてきた主な記事→http://rensai.jp/author/touryuuuan

2013年04月

東京の見仏は難しい

正直な話、東京都内で仏像鑑賞をするというのは相当難しいのである。

◯お寺の意識が低く、非協力的な所が多い

以前、雑誌の特集で東京の仏像特集をやろうとしてお寺何件かに取材を申し込んだが、
「檀家寺だから」「ウチは知らないから」と、全て断られた。
一番すごかったのはある下町のお寺で、
「うちの仏像が重要文化財?そんな仏像無いよ!
ないったらない!」と猛然と否定してガチャ切りしたのだな、その坊さんは。

美術書に仏像の写真がちゃんと出ている寺なんですけどね…

この理由はある意味はっきりしており、東京都内の寺院は江戸時代の檀家寺請制度で
徳川幕府から丸抱えされて出来た寺院が大半なので、「坊主丸儲け」が当たり前になっているのですね。
江戸時代の仏教僧侶の大半は堕落していたというのは歴史学会の大体の通説になっている。
だから東京の下町の人々は、一部を除いて坊さんをあまり尊敬していない。

勿論、浅草の東本願寺や、深川の不動堂など、近隣から尊崇されているし、
お坊さんの態度も大変立派だなあと感心させられるようなお寺もあるが、
そういうお寺はごく一部なのは悲しいことだ。平然と参拝客の祈祷中に
私語はするわ、堂内で鼻をほじるわ…

また、坊さんたちもその状況に甘んじている人が多い。東京の寺院めぐりをしていて、
お坊さんの態度の悪さにあきれてしまうことは少なくない。
他の地域に比べると、宗派の地域単位で布教用に立ち上げたページの少ないことは驚くばかりだ。

天海の結界を行く-1 上野寛永寺両大師堂

子供の頃から魔法とか妖術とか聞くとワクワクするタイプではある。
まあ、同時に科学も好きなので、あんまりオカルトに傾斜するわけでもないのだが、
なんとなく気になるのだよな。

江戸の結界の一つという説がある、上野寛永寺両大師堂に行ってきた。ここは徳川家の江戸城築城の際に、黒衣の宰相と言われた天海が作ったお堂である。

352c3906.jpg


実は、この「天海の江戸城結界」という話を調べてみると、天海の作ったんじゃないものも結構あるのですね。実は江戸城は30年近く掛けて築城しており、天海が徳川家に仕える前から築城が行われていたのだ。だから徳川家康や家康の家臣の工事責任者が結界というか、鎮守の神様を作ったりした所もある。例えば赤坂の日枝神社なんかがそうなのだ。当時の記録『落穂集』に、家康と改築の責任者だった幕府老中の榊原康政が相談して、城内のほこらの中から日枝神社を選定して鎮守にしたと書いてある。赤坂へ移したのも天海では無さそうだ。
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