群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

webディレクター兼雑誌記者の松平俊介が書いているブログです。

web技術者・web記者の松平俊介の江戸時代とweb技術についての雑記ブログです。web技術者の傍ら、雑誌記者として各種月刊誌・webメディア『ガジェット通信』に執筆してきました。 webの時事問題や、web制作、ウェブマーケティング、江戸時代史や『江戸しぐさ』批判などが主な執筆範囲。 これまで書いてきた主な記事→http://rensai.jp/author/touryuuuan

2016年05月

ウィキペディアの江戸諸藩の記事は荒らしのでっちあげか。第二の「江戸しぐさ」か

驚くべきことだが、ウィキペディアに有る江戸時代の諸藩の記事は、なんと一人の荒らしユーザーがでっちあげていたようである。

いま、必要があり江戸時代の史料をひたすら読みなおしているのだが、ウィキペディアにだけ有る、謎の記述が多すぎるため、近江「水口藩」 などのところを資料を元に読みなおした所、なんと「シェーラ(デュオ・ドルチェット・吉野信夫などの多数の変名も使用)」という荒らしユーザーが史料もなしに立項した項目であった。唖然としている。彼の自己紹介はかくのごとし。
 歴史が全般的に好きです。202.224.95.2の時から戦国時代の武将をはじめ、多くの武将を新規投稿させていただきました。
 あらゆる視点から、史料を通して歴史を見ています。すでに戦国武将(三好長慶やその兄弟など)の多くや江戸藩主、藩などの投稿を行わせていただきました。史料とは面白いもので、それまで名将と言われている人物の裏の顔なども見えてきます(直江兼続、石田三成など)。
 私は元号に直したりするのが大変苦手で、いつも西欧世界の西暦で表しています。お手数ですが、もし日本の元号に直すのが得意な人がおられましたら、私の投稿したものを元号になおしていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。
 202.224.95.188で投稿させていただくこともありますので、お願いします。
新規投稿(大久保長安事件、岡本大八事件、江戸時代の藩主、藩の記事(関宿、淀など)等等)。
現在は江戸時代の藩主(田沼氏、本多氏、井上氏など)、戦国時代の武将(吉川之経らマイナーな武将たち)を投稿しています。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A9

 
年号も読めないような人間が歴史学の百科事典を書きなぐるとはまことに世も末である。ところがこの人物、
立項だけはものすごい量をこなしており、シェーラ名義で約900件、 デュオ名義でも約200件、ドルチェット名義でも多数の記事を書きまくり、その中に大量のウソか本当かわからない話をぶちこんでしまったようである。実は彼の荒らし投稿は中国史にも及んでおり、駒田信二の小説「新十八史略」を出典に記事を書いており頭が痛い。

彼の歴史知識は、なんと時代小説や「信長の野望」の攻略本(!)から由来しており、荒らしを指摘されると、
なんと小説由来の話を大部の歴史事典を出典として書き始めるようになっており、
隆慶一郎の「影武者徳川家康」の話を平然と出典を偽って書いているのである。

以前、私はこう指摘した。(https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E8%99%9A%E5%81%BD%E3%81%AE%E5%87%BA%E5%85%B8%E3%81%8C%E6%8F%90%E7%A4%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E5%A4%A7%E9%87%8F%E3%81%AB%E6%8A%95%E7%A8%BF%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6)

『慶長年中卜斎記』:板坂卜斎『慶長年中卜斎記』我自刊我本、明治15、近代デジタルライブラリー所収。他、異本に
早稲田大学蔵本の江戸享和3年の土井利伏の写本『慶長年中記』などがある。
「北越軍談」:
『名将言行録』:
『老人雑話』:
いずれも隆慶一郎の伝奇小説影武者徳川家康や、それに類するものからの孫引きと思われます。関ヶ原の戦いで引用されている『慶長年中卜斎記』の文章を原史料と比較すると、史料からの引用に比べ、漢字がかなにひらかれ(例、莞爾々々→にこにこ)、写本『慶長年中記』と『慶長年中卜斎記』とを足して2で割ったような記述にされておりました。尚、同著は伝奇小説という小説の形式上、原史料とは異なる描写がされていることが往々にしてありますので、ウィキペディアの出典として用いるのには全く不適切です。

伝奇小説では虚偽史料を用いてもっともらしくする手法がよく用いられており(例を上げれば周大荒『反三国志演義』が発見したと称する『三国旧志』、半村良『産霊山秘録』に登場する複数の虚偽史料など)、

影武者徳川家康が引用する史料もこの類で、『徳川実記』に出てこない話が『徳川実記』よりとして普通に出てきたりします。なお、出典を世界逸話大辞典と称しているものにも、影武者徳川家康からの話があるようです(藤堂高虎、徳川秀忠で確認)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E9%80%B2%E8%A1%8C%E4%B8%AD%E3%81%AE%E8%8D%92%E3%82%89%E3%81%97%E8%A1%8C%E7%82%BA/%E9%95%B7%E6%9C%9F/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A9

当然ながら良心的な利用者から憤怒の声が上がり、史料を読んで下さい、あなたの出典は何ですかと何度も何度も炎上したが、彼は一度は謝ったりもしたが、結局それを無視して、アカウントを消される度に別名義で同じような記事を量産しているのである。くれぐれもウィキの記事を元に江戸諸藩を理解しないでいただきたい。

「世は一局の碁なりけり」の出典

土井晩翠の「星落秋風五丈原」に「治乱興亡おもほへば世は一局の碁なりけり」という句があるが、これはおそらく、南宋の袁枢の「通鑑紀事本末」の李拭(手ヘンではなく木ヘン)序に「古今は一代の碁局なり」から来ているのであろう。「通鑑紀事本末」は明治八年に松平春嶽・稲葉正邦の序で刊行されている。

 
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/775300
(資治通鑑
紀事本末、国立国会図書館近代デジタルライブラリー) 

江戸諸藩の経済政策メモ(今後の手控え)

このツイートが高名な先生からもお褒めいただいてしまい恐縮しているのですが、いや本当に江戸諸藩は色々な経済政策をやっているのですよ(失敗も成功も多い)。いま、気合を入れてひたすら調べているところです。 なお、相良藩というのは遠州相良藩で田沼意次公の藩です。肥後相良人吉藩ではないです。「中国人爆買い目当て」というのは当時の中華料理に使う食材を田沼公が老中時代に長崎で売ったことをいう。当時の中国は空前の美食ブームで、フカヒレやらアワビやらを爆買いしていたんですね。銅の地金も買いまくったようだが、なんと爆買いで船が重くなりすぎて出港できなかった(!)こともあるというから、昔から中国の購買力はすごかった。これも確か指摘していた論文があったはず。

川本三郎「時代劇ここにあり」

李白は有るジャンルでは傑出していて群拔を抜いている。しかし有るジャンルでは杜甫に続いて上手なれども、杜甫よりは劣りたる処がある。ここらが文の妙処と云ふものぢゃ。」(by服部南郭「唐詩選国字解」)

東京下町の人々は時代劇を見るのを楽しみにしていた。「聞き書 東京の食事―日本の食生活全集」( 農山漁村文化協会)はイデオロギー臭がなく、東京下町の生活を愚直に記した書として大変尊いものであるが、「正月になると時代劇映画を見に行きます」というのが年中行事として書かれている。時代劇の歴史くらい大事なものもなかなかないのである。しかしこれを書くのも大変難しい。時代劇は星の数ほど有る。そしていまも少ないながら作られている。生きている伝統文化である。甚だ困難であるに相違ない。

川本三郎「時代劇ここにあり」はそれに挑んだ作品である。結局こういうのは「唐詩選」「三体詩」と同じで、どれを取るかに依って本の値打ちが決まる。この本は全善全美とまでは言えないが、かなり其の所を得ている。要するに良く出来た時代劇史である。

時代劇ここにあり
川本 三郎
平凡社
2005-10


アマゾンの書評から収録作品を引用すると…

血槍富士 内田吐夢
関の彌太ッペ(関の弥太ッぺ) 山下耕作
荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻 森一生/黒澤明
十三人の刺客/大殺陣/十一人の侍 工藤栄一(これを入れないと話にならない)
座頭市物語 三隅研次
薄桜記 森一生/伊藤大輔
切腹 小林正樹
股旅 市川崑
ひとごろし 大洲斉
新撰組始末記 三隅研次
下郎の首 伊藤大輔
侍 岡本喜八
暗殺 篠田正浩
城取り 舛田利雄
子連れ狼 三隅研次
吶喊 岡本喜八
宮本武蔵 一乗寺の決斗 内田吐夢
宮元武蔵 巌流島の決闘 内田吐夢
忍びの者 山本薩夫
十七人の忍者 長谷川安人
上意討ち 拝領妻始末 小林正樹
股旅 三人やくざ 沢島忠
六人の暗殺者 滝沢英輔
三匹の侍 五社英雄
眠狂四郎勝負 三隅研次
斬る 三隅研次
鳳城の花嫁 松田定次
酒と女と槍 内田吐夢
沓掛時次郎・遊侠一匹 加藤泰
鍔鳴浪人 荒井良平・・・1939年版。内出好吉の1950年版とは別
赤毛 岡本喜八
地獄の剣豪 平手造酒 滝沢英輔
月形半平太(1956) 衣笠貞之助
不知火検校 森一生
反逆児 伊藤大輔
佐々木小次郎(1967) 稲垣浩
いのちぼうにふろう 小林正樹
椿三十郎 黒澤明
用心棒 黒澤明
冷飯とおさんとちゃん 田坂具隆
獣の剣 五社英雄
中山七里 池広一夫
たそがれ清兵衛 山田洋次
ひとり狼 池広一夫
真剣勝負 内田吐夢
柳生武芸帳 稲垣浩
十兵衛暗殺剣 倉田準二
雨あがる 小泉堯史/黒澤明(原案)
二人の武蔵 渡辺邦男
瞼の母 加藤泰・・・稲垣浩「番場の忠太郎 瞼の母」、中川信夫「番場の忠太郎」
真田風雲録 加藤泰
忍びの者 霧隠才蔵 田中徳三
独眼竜政宗(1959) 河野寿一・・・大河ドラマではなく映画版(ただし大河ドラマはこの作品を時代考証してリメイクしたような所がある)
暴れん坊兄弟 沢島忠
草間の半二郎 霧の中の渡り鳥 内出好吉
戦国野郎 岡本喜八
幕末太陽傳 川島雄三
風の武士 加藤泰
御金蔵破り 石井輝男
無宿人別張 井上和男
五瓣の椿 野村芳太郎/井手雅人
鞍馬天狗 角兵衛獅子 大曾根辰夫
鞍馬天狗 天狗廻状 大曽根辰夫
道場破り 内川清一郎
続・道場破り 問答無用 菊池靖/松野宏軌/内川清一郎
座頭市 血煙り街道 三隅研次
新座頭市 破れ!唐人剣 安田公義
大忠臣蔵 大曾根辰夫
新撰組 沢島忠
鞍馬天狗 鞍馬の火祭り 大曾根辰夫
大殺陣・雄呂血 田中徳三
斬る 岡本喜八
狼よ落日を斬れ 三隅研次
宮元武蔵/続宮元武蔵 一乗寺の決斗/決闘巌流島 稲垣浩
博徒ざむらい 森一生
浮かれ三度笠 田中徳三
忍びの衆 森一生
第三の影武者 井上梅次
雪之丞変化 市川崑
河内山宗俊 山中貞雄
丹下左膳餘話 百萬兩の壺 山中貞雄
丹下左膳 乾雲の巻・乾竜の巻・昇竜の巻 マキノ雅弘
丹下左膳 乾雲乾竜の巻 マキノ雅弘
仇討崇禅寺馬場 マキノ雅弘・・・正博時代の「崇禅寺馬場」のリメイク
人情紙風船 山中貞雄
隠し剣 鬼の爪 山田洋次
風と女と旅鴉 加藤泰
剣に賭ける 田中徳三
剣鬼 三隅研次
七人の侍 黒澤明(これを入れないと話にならない)

黒澤明あり、工藤栄一あり、真田あり、伊達あり(この両者は戦国時代の伝統的な二大ヒーローである)、丹下左膳、雪之丞あり、柳生十兵衛も有る。新しいもので藤沢周平作品もある。大方の名作は取られているであろう。ただ池波正太郎作品には取られていないところが多いのが遺憾である。 

これを書きながら中村吉右衛門主演の「鬼平犯科帳」を見ているのであるが、蟹江敬三演じる小房の粂八というのは関の宿場育ちの母親を知らない渡世人。「関の弥太っぺ」をオマージュしたキャラなのですね。そして、粂八と酒を飲みながら吉右衛門の端正な殿様が「ワシもその母の名を知らぬ」というところを言うのがキーになっている。結局これは下層民に対する天皇家のオマージュなのではないか。長谷川平蔵
宣似は贈正二位鎮守府将軍・藤原秀郷を祖とする長谷川氏下河辺氏流で、遡れば藤原魚名の系統であるという。大和国長谷川に住んだため、長谷川氏を名乗ったという名家。長谷川平蔵は本名藤原宣似、レッキとした藤原氏の子孫で天皇家の外戚なのである。

こういうことがわからないと時代劇を見ても魅力が半減する。これを読むとそれが少し分かるのである。類書は少ない。労作と言っていい。こういう本で少しでも日本文化の奥深さを知ってもらいたい。 

【ネタ記事】戦後日本を操ったのは春風亭柳昇師匠である~日本会議陰謀論は正しかった~

老子いわく「太上下知有之。其次、親之豫之。其次 、畏之侮之。」と。
真の指導者は存在だけ民に知られるだけであり、親しまれる指導者は二流に過ぎず、ましていわんや、畏れられたり小馬鹿にされたりする指導者は下の下だと言うのである。

前回取り上げた菅野完氏の著書『日本会議の研究』を調べていく内に、これまで私が知らなかった日本の真の支配者「日本会議」について知ることが出来、大変勉強になったが、私ははたと気づいたのである。まさしくアセンションである。
「大きなことを言うようですが」でお馴染みの春風亭柳昇師匠、日本会議代表役員なんですね。その上落語芸術協会を支配していたのだから日本の政治を操っていた上に芸能界まで支配していたことになるんだぞ。これは安岡正篤よりすごいでしょ。でも柳昇師匠が動くと永田町が激震とか聞いたこと無いけどね。しかし、それこそ「太上下知有之。其次、親之豫之。其次 、畏之侮之。」なのだね。存在だけが知られている指導者こそ真の指導者なのである。

戦後日本を操ったのは日本会議代表役員だった故・春風亭柳昇師匠である。

それは間違いないことであると私は確信した。

 春風亭柳昇師匠は元軍人の落語家で、江戸しぐさの芝三光師が率いた「江戸講」と矛先を争った民衆側のリーダー「富士講」の講元である。
 余談だが、芝三光師「江戸講」がGHQにつき、リベラル色が強かったことを、「江戸しぐさは保守派の陰謀」だと主張しているある人に説いたが、何しろ彼らはエッセイストの山本夏彦が江戸しぐさを広めたと固く信じこんでおり、「江戸しぐさは保守なんだよ」と繰り返すばかりであった。史料の提示を求めたがはぐらかされてしまった。

日本会議を率いたのは名目上は最高裁元長官なのであるが、実は名目上でやっている人が多いようである。実際の実権は代表役員の柳昇師匠が握っていたのである。
柳昇師匠は以下のように日本会議では説いていた。
  若し日本に〝日本会議〝という大きな組織が無かったら日本はどうなってしまうのだろうと思うことがあります。
 それは五十余年前、一度も経験したことの無い敗戦と言う大きなショックで心ある日本人は何もいわなくなってしまいました。
 全く無口になってしまったのです。それに引き換え怒濤のように踊り出したのが左翼の人達でした。〝自由〝〝革新〝〝進歩〝と口を揃えて吠え始めました。
 それにどうしたことかマスコミもこれに同調、今までの考えを持った人達を〝古い〝〝汚い〝と悪の権化のように叩いて来ました。
 それがどうでしょう、この人達の神のようにあがめたソ連が崩壊したり、共産国の行き詰まりの現状を見るようになっても左翼崇拝の人達はまだ目が醒めません。拉致と言う恐ろしい事をしたのも共産国です。
 靖国神社を参拝する者は〝無知、下品、幼稚〝と罵る田原総一郎氏のようなひとをこのままほっといて良いのでしょうか。
 何も言わない日本人の皆さん!立ち上がりましょう。
(http://www.nipponkaigi.org/voice/5years/kakkai#years547)

他のメンバーが明らかにお義理のような文言を述べている(大半の人は自分のエジプト旅行の話をしたり、自分の専門分野の宣伝をしたり、人事のように「これからもがんばってください」などと述べている)時に、柳昇師匠だけが 猛然と呼びかけているのに気が付かれるであろう。

それこそが春風亭柳昇師匠が日本会議をリードしていたという証左なのであろう。 

柳昇師匠が日本会議や落語芸術協会と一緒に仕切っていた「ゆうもあくらぶ」も、実態は保守派の憲法改正を目論んだ運動体の一つであり、現に「ゆうもあくらぶ」は一時期安倍晋三氏が会長であった。現在は自民党の山東昭子氏が会長である。

だから私はこう言いたい。戦後日本の巨魁、それが春風亭柳昇であると。
いわゆる「草の根保守」は、彼の手駒に過ぎなかった…と。

そもそも昔から疑問だったのである。なぜ一介の芸人のはずの春風亭柳昇師匠が弟子を政権中枢に送り込み、北海道や沖縄を掌握し、一介の芸人でありながら税金で寄席(国立演芸場)まで作らせることができるのであろうか。そもそも柳昇ギャルズとか、アニメに登場していることも一介の芸人の枠を遥かに超えている。そこには明らかに日本会議の陰が見え隠れするのである。

そして、弟子のブレーンはソ連崩壊を予言した東工大教授なのである。

「大きなことを言うようですが」は謙遜ではなかったのだ。

(※タネ明かし これはいわゆる「日本会議陰謀論」のパロディです。「日本会議陰謀論」は、日本会議に属している人間が日本政府を動かしうるであろうと言う前提に立ち、全ての行動をそれにこじつけるのものです。従ってコレは完全なるコジツケです。「ゆうもあくらぶ」は戦後すぐから有るユーモアある行動を表彰する団体でなんの政治色もないはずです。文中の弟子は立川談志家元のこと。北海道・沖縄開発庁事務次官を務めましたが短期間で辞任しています。完全なネタ記事であります。ご寛恕下さい。念のため)
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