群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

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トンデモ本

検証「底辺校出身の東大生」著者の父親は結局小学校に行ったのか行かなかったのか。

現代ビジネスの阿部幸大氏の記事、「底辺校出身の東大生」はちょっと良くわからないところがある。
(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55505?page=3)

  1. この方の御尊父は小学校に行ったのか、行かなかったのか?
第一に、私の父親が小学校中退であるという記述を奇妙に思った読者もいると思う。誤解を解く必要もあるので書いておくが、私の亡父は1925年に国後島で生まれており、学校に通っていない。ただし、数年間は出生届も提出されていなかったらしく、正確な年齢、誕生日、そして出身地も不明だった。
この短い一文だけで矛盾がいくつもあるのである。日本語として非常に疑問である。

「小学校中退」の私の父が
「学校に通っていない」とはどういうことだろうか。
「数年間は出生届も提出されていなかった」のに至っては、意味不明である。
「正確な年齢、出身地が不明」なのに「1925年、国後島生まれ」と断言している理由は?

小学校中退というのは小学校に入学してから中途退学していることを意味するのである。学校に入っていない人は中退とは言わない。

この著者の父親は結局小学校に行ったのか行かなかったのか。

さらに「数年間は出生届も提出されていなかった」というのだから、無戸籍者である。無戸籍者というのは国家に認知されていないのだから、義務教育に入る権利もないはずである。それとも当時の運用では無戸籍者でも小学校に入れたのだろうか?入学通知すら来るかどうか怪しいのではないか?

無戸籍者なのに1925年の国後島生まれとハッキリ分かっているのも謎である。数年後に出した出生届の記述なのだろうか。

著者の父親が小学校に無戸籍者のまま入れた理由が全くわからないし、そもそも入っているかどうかすらわからないのである。小学校入学時にさかのぼって手続きした可能性はあるが、だとすると今度は「正確な年齢、出身地が不明」という記述と矛盾するのである。小学校入学時に手続きできていれば年齢も出身地も分かるだろうから。しかし、小学校を中退させるような親がわざわざ手続きをしますかね?

1925年(大正14年)生まれの場合、1931年(昭和6年)6歳で尋常小学校に入学したはずであり、1937年(昭和12年)12歳で卒業するまでの間に中退しなければならない。

当時の国後島(北海道[千島国]国後郡)には、泊村と留夜別(るよべつ)村の2つの自治体があった。泊村には国後小学校、瀬石小学校、古釜布小学校、古丹消小学校、東沸小学校、秩苅別小学校の6つの小学校が有り、留夜別村にも乳呑路小学校、植内小学校、植沖小学校、礼文磯小学校、白糠泊小学校、代々別小学校の6つの小学校があった。彼が小学校を知らなかったわけではないだろう。この内のどこかの学校に行き、何らかの事情で中退したのだと考えるべきである。

なお、戦前の人は小学校中退者は結構居たので、その事自体はあまりおかしくはない。著名人で言えば松下幸之助も牧野富太郎も小学校中退である。

それから、数年間無戸籍児童がふつうにいるあたり、国後島はよほど行政組織が不完全だったような印象を与えるが、戦前の記録、益田甫『釣ところどころ』「千島探釣 国後島古釜布」

には、「島中央部の古釜布港に徴兵検査のために前日から馬を飛ばして若者が集ってくるそうだ」とあり、阿部氏の主張と食い違いがあるようだ。
益田氏は「温泉宿の夫婦がきれいな江戸弁で話していてびっくりした」とも書いている。当時、この地域は移民が多かったが、泊村古丹消に住み着いた猪谷千春氏の父・猪谷六合雄(くにお)氏もそうである。猪谷六合雄氏はここでゲレンデやジャンプ台まで自分で建設している。千春氏が生まれたのもここで、阿部幸大氏が言うような文化水準が極めて低い地域という話とはどうも違うようだ。

戸籍の強化は戦前の場合徴兵制度とリンクしており、

検査日がかなり前に告知され、前日から馬を飛ばして全島から集まってくるような地域で、

数年間も無戸籍児童が官憲の目を隠れて存在していたのであろうか?

第二に、私の周囲には平仮名を正確に書けない大人が複数存在した。彼らは1960年代のうまれである。日本には、そうした人がまだ歴然と暮らしている。
要するに無識字者が釧路に複数居たという証言である。

1960年代生まれで学齢期に1966~1976だった人が「ひらがなも正確に書けない」というのは流石に信じがたい。 読み書きテストの全国調査があるが、その話と矛盾するのである。

斎藤泰雄『識字能力・識字率の歴史的推移――日本の経験
という論文がある。これによれば、

1951年の全国調査での「かなさえ正しく読み書きできない者」の率は1.6%。これの多くは高齢者である。15歳から19歳はわずか0.1%である。

1961年の関東・東北地域の識字率調査では「漢字が読めない人の比率は関東0.1%、東北で0.8%」である。(流石にこの時期にはかなが正確に読み書きできない人は小数点二桁以下だったようだ、なお、追記しておくと、1961年の調査は関東・東北しか行われず、それ以後の調査は行われていない。)

戦前の教育は不十分だったので、まだまだ識字がヤバイ人がいたようだが、戦後の教育改革も有りどんどん比率は減少していたはずである。 

著者は前回の記事が批判されたので弁明のためにこれを書いたと述べているが、私が少し調べただけでもこれほど矛盾があるのはどんなものであろうか。

著者はこうも言うのだ。
もちろん、平仮名が書けない人などは、それこそ統計的にはごく少数である。だが問題はそこではない。そんな人など「いくらなんでも今の日本に存在するわけがない」と本気で信じてしまう「常識的」な判断は、私の書いた記事を――つまり私の人生を――単なる虚偽としか思わないような態度へとまっすぐに繋がっているということ、これが問題なのである。

いや、「小学校中退なのに学校に通っておらず出生届も数年間出ていなかった」「正確な年齢、出身地が不明なのに1925年国後島生まれが分かっている」という常識以前に「自分が言っている内容がすでに矛盾している」ような話を信じろ!俺の人生はウソじゃない!と言われてもねえ。

それゆえ、さらなる具体性をもった私の(恥ずべき)個人情報を、数値を含めてこうして公開することにした次第である。

ああ、でもその個人情報ってあなたの商売のために出してるものと違うか?貴方は個人情報を出さなければ出さずとも済んだのですよ。

「常識」を当たり前に生きることができる幸運に恵まれた人々にとって「底辺」が想像しにくいのは致し方ないが、誇張したところで何になるだろう。私が実名も顔も出身地も立場も明かしてこの記事を書いていることの意味を考えてみてほしい。そして社会学者でもない私には、自分の生きた過去しか武器がない。

芸人が過去を切り売りするようになったらオシマイだと言ったのは立川談志だが、あなたははじめから過去を切り売りする芸で世に出たのだ!禁じ手を行ったのは他のたれでもない、おのれではないか。
であれば武市三郎が他のプロ棋士から不利と言われ続けた筋違い角一本で生涯戦い続けたように、おのれの禁じ手芸で徹底的に勝負しなさい。

商売でやるのなら良い子ぶらずにもっと徹底的にやったら?私小説作家はもっと赤裸々に出すよ。
例えば、私小説の名作として吉本隆明をして太宰治の再来と言われた椎名誠『哀愁の街に霧が降るのだ』は、おのれの過去の話をヤンチャぶりまで含めて相当克明に描いているよ。

そして、その吉本隆明の批評すら作中でネタにしているよ。

阿部さん、あなたは、甘い。事実関係すら矛盾があるようでは、今後文壇でメシが食えると思わんほうが良い。講談社の編集部のできの悪さも困ったものだが、少なくともライター稼業のものがいちばん身近な身内の文章を書かせても間違いだらけというのはいかんでしょう。

この方、やたらに「運動」「格差」「立ち上がろう」を連呼するんだが、なにか浮ついていてあぶなっかしいですな。


私以外の方のこの「底辺校東大生」記事検証

bonotakeの日記「「底辺校出身の東大生」は本当に「底辺校出身」なのか」

初期からずっとこの問題を検証されてきたbonotakeさんのブログ。

『東大に入って絶望した田舎者』阿部幸大氏のウソを、彼の卒業した高校元教員が指摘

bonotakeさんがまとめた、阿部氏の母校の教師だったザリガニ先生の指摘ツイートのまとめ。

「底辺校出身の東大生」には何が「見えている」のか

釧路出身の西智弘氏のブログ。bonotakeさんが言われるように「冷静な筆致で、僕が書くよりも簡潔にまとめられている。」
地元の方の検証についてはザリガニ先生と西さんのものでほぼ話はついていると思います。
僕は歴史学的に阿部幸大氏の言説のファクトチェックをするだけ。

これまでの自分の検証記事

 Q&A 原田伊織のサムライエッセー批判まとめ(『明治維新という過ち』批判)


デマ「神社に賽銭を入れると日本会議に金が入る?」

誤報のイラスト
(いらすとやより「自分の訃報をニュースで見て驚いている人イラスト」)

昔から中国はデマやフェイクニュース、偽史が多い。
中国戦国時代の政治家・平原君(へいげんくん)が軍師の毛遂(もうすい)が転落死したデマを信じ込んだり、孔子の後継者とされる儒学者の曽参(そうしん)が人を殺したデマが流行して母親まで逃亡した、とデマ被害の故事は古典の中に苦笑交じりに色々残っている。

唐の詩人・李白もデマ被害で投獄された。
その時、身の潔白を主張してこんな詩を詠んでいる。
「毛遂 井に堕(お)ちず 曽参 寧ろ人を殺さむや」(※1)
全くデマは恐ろしい。

さて、Twitterで下記のようなデマが広がっている。

「みんな、『神社行くのやめよ?』
神社=日本会議だから。
初詣や七五三、お祭りとかで賽銭をあげると結果的に安倍ちゃん指示(ママ)していることに
なるよ?よろしくー!(顔文字)」

あまりにも短絡的なデマで呆れてしまう

が、こういう単純なデマを信じる人は多いであろう。
こんなことを信じ込んで神社にお参りする人が減ったら日本の伝統は大変なことになる。

そもそも神社に賽銭が入ると宗教法人に収入が入るのであり、日本会議に入るわけではない。

そもそも神社と日本会議は全くの別組織


まず、神社は実は宗教法人である(このことをそもそも分かっていない人が多い)。
そして日本会議は法人格のない任意団体で、個々の神社との直接のつながりはない。


たとえ話で説明しよう。ここに「幻想郷稲荷神社」という神社があったとしよう。
この神社はそれだけで一つの宗教法人なのである。
だから、「幻想郷稲荷神社」にあがる賽銭はすべて「幻想郷稲荷神社」の収入として処理される。

さて、ここから話は少し複雑になる。

神社=神社本庁ではない!日本会議=神社本庁ですらない 更に神社本庁から日本会議への上納金もない

実は宗教法人には、単立宗教法人と包括宗教法人が有る。
単立法人と包括法人の違いというのは、簡単に言えば
・単立…その神社の中だけで完結してしまう。(※2
・包括…いろいろな神社のフランチャイズの本部みたいなもの。包括宗教法人の中に含まれる宗教法人を被包括(ひほうかつ)宗教法人という
というようなものだ。
「幻想郷稲荷神社」が被包括(ひほうかつ)宗教法人だった場合、話は少しややこしい。
「幻想郷稲荷神社」の上部組織があり、お賽銭はそこの団体へ上納が若干あるからだ。

神社の包括法人は全国に124ある(※3 が、この「包括法人」が日本会議に入っている可能性があるのである。そのもっとも大きい組織が「神社本庁」である。

「幻想郷稲荷神社」が「神社本庁」への上納金が有るという話が、どこかでデマになり、「初詣や七五三、お祭りとかで賽銭をあげると結果的に安倍ちゃん指示(ママ)」になってしまったのだろう。
なお、「神社本庁」と「日本会議」は友好関係にはあるが、厳密に「日本会議」は「神社本庁」の上位組織ではない。「神社本庁」には「神道政治連盟(神政連)」という政治団体が有り、ここを通じて政治家をまぁ言葉は悪いが操るようなことが出来なくもないからだ(ただ、近年神道政治連盟の力はとても弱くなっており、支持候補の票集めすら十分にできないという)。

この手のデマが流行る原因は、政党や企業の場合の本部組織と末端組織の関係と、宗教法人の話を混同するからではないかと思う。例えば日本共産党の場合、末端の議員への党本部への上納金が義務付けられているし、コンビニエンスストア・ラーメン店などのフランチャイズビジネスも本部へのロイヤリティ負担は高額である。そういうビジネスモデルを神社に当てはめてしまうからデマが流行るのであろう。なお、神社の主な収入はお賽銭と謂うよりは御札のほうが大きいようである。

こんな宗教法人のややこしい仕組みが分かる人はそういないから、デマが流行るのも無理はないのだが。

脚注
※1)訳文は『国訳漢文大成』によった。
※2)単立の神社は意外と多く、伏見稲荷大社や明治神宮など初詣ランキング上位の神社でも単立である。元々神社本庁に属していた神社でも上納金などをめぐり本庁を離脱する神社は多い。
※3) 神社本庁以外の神道系包括宗教法人は、
○出雲大社の「出雲大社教」「出雲教」
○京都の地主神社などを管轄する「神社本教」。ここはなんと今でも陰陽師(宗教法人・天社土御門神道本庁)の暦を配っている。
○木曽の御嶽山信仰の総社「御嶽神社」の「木曽御嶽本教」
○愛媛の石槌山信仰の総本宮「石鎚神社」の「石鎚本教」
などがある。


漢字をユダヤ人が作ったというトンデモ話

「と学会誌40」に寄稿させていただきました。

コミケの下記のブースにて販売されます。コミケに行かれる方はお立ち寄り頂き、
お手にとっていただければ幸いでございます。
 31日東ニ29b「と学会」 
 31日東テ32b「カラオケの艦隊」 
 31日東ナ60b「TDSF」 
 31日東ニ46a「暗黒通信団

私は漢字をユダヤ人が作ったというトンデモ話「漢字破字法」について書かせていただきました。

漢字の語源やらなにやらをご存知のかたからすればまさしく噴飯物の「漢字破字法」ですが、
「漢字の中にはキリスト教が隠されている」「漢字は中国人には作れなかった」などなど
トンデモ界隈ではわりかし人気があります。

「漢字破字法」は「船は舟と八と口だからノアの方舟に乗っていた八人の家族のことだ!」と、楷書体の漢字を分解して、聖書の暗号を読み解いてしまっているんです。
まぁ、金八先生風に「君たちいいですか〜。人という字はねぇ、ひとりの「人」がもうひとりの「人」を支えている字です。つまり、人と人が支え合ってるから人なんです。」というようなデマをバンバン飛ばしているだけなんですけどね。

なお最古の漢字解釈書・『説文解字』では「人」を「臂(ひじ)脛(すね)の形を象(かたど)る」とありまして人間を描いた象形文字です。だからかなり古い辞書でも「
ひとりの「人」がもうひとりの「人」を支えている字です。」という解釈はマジでありえない。ぶっちゃけありえない。

つまり、金八先生は辞書を引いていなかった。教育者として正しい態度なのか?
(最近では『辞書引き学習』というのもあるのですが)

詳しくは同人誌を読んでいただければと思います。
なお、漢字に詳しい方からすると「白川静を引用しないでなんで藤堂明保なんだ」と思われるかもしれませんが、『字通』の船の解字が本当にわかりづらいんですよ。言ってることほぼ藤堂先生と同じだしな。
(私は藤堂明保先生の不肖の孫弟子に当たります)

しかも若干トンデモっぽいんですよ白川静氏の解釈。

「『越絶書』(春秋時代の呉越の戦いを描いた史書)に、船を越では須盧(シュロ)というとある。我が国の「シュラ、シュシュシュ」のシュラは元、舟形のそりをいう語であろう」と白川氏はいうのですが、
俗謡「金毘羅船々」の
「シュラ、シュシュシュ」は運搬用のそりである「修羅」ですよね…

トンデモでトンデモを批判してはいけないので藤堂明保先生の解釈にしました。

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