群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

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漢籍おぼえがき

漢字をユダヤ人が作ったというトンデモ話

「と学会誌40」に寄稿させていただきました。

コミケの下記のブースにて販売されます。コミケに行かれる方はお立ち寄り頂き、
お手にとっていただければ幸いでございます。
 31日東ニ29b「と学会」 
 31日東テ32b「カラオケの艦隊」 
 31日東ナ60b「TDSF」 
 31日東ニ46a「暗黒通信団

私は漢字をユダヤ人が作ったというトンデモ話「漢字破字法」について書かせていただきました。

漢字の語源やらなにやらをご存知のかたからすればまさしく噴飯物の「漢字破字法」ですが、
「漢字の中にはキリスト教が隠されている」「漢字は中国人には作れなかった」などなど
トンデモ界隈ではわりかし人気があります。

「漢字破字法」は「船は舟と八と口だからノアの方舟に乗っていた八人の家族のことだ!」と、楷書体の漢字を分解して、聖書の暗号を読み解いてしまっているんです。
まぁ、金八先生風に「君たちいいですか〜。人という字はねぇ、ひとりの「人」がもうひとりの「人」を支えている字です。つまり、人と人が支え合ってるから人なんです。」というようなデマをバンバン飛ばしているだけなんですけどね。

なお最古の漢字解釈書・『説文解字』では「人」を「臂(ひじ)脛(すね)の形を象(かたど)る」とありまして人間を描いた象形文字です。だからかなり古い辞書でも「
ひとりの「人」がもうひとりの「人」を支えている字です。」という解釈はマジでありえない。ぶっちゃけありえない。

つまり、金八先生は辞書を引いていなかった。教育者として正しい態度なのか?
(最近では『辞書引き学習』というのもあるのですが)

詳しくは同人誌を読んでいただければと思います。
なお、漢字に詳しい方からすると「白川静を引用しないでなんで藤堂明保なんだ」と思われるかもしれませんが、『字通』の船の解字が本当にわかりづらいんですよ。言ってることほぼ藤堂先生と同じだしな。
(私は藤堂明保先生の不肖の孫弟子に当たります)

しかも若干トンデモっぽいんですよ白川静氏の解釈。

「『越絶書』(春秋時代の呉越の戦いを描いた史書)に、船を越では須盧(シュロ)というとある。我が国の「シュラ、シュシュシュ」のシュラは元、舟形のそりをいう語であろう」と白川氏はいうのですが、
俗謡「金毘羅船々」の
「シュラ、シュシュシュ」は運搬用のそりである「修羅」ですよね…

トンデモでトンデモを批判してはいけないので藤堂明保先生の解釈にしました。

漢籍紹介「十七史百将伝」~田中芳樹氏「中国武将列伝」との違い

「十七史百将伝」は北宋の兵法家・張預が選んだもので、正史十七史から百人の武将を選んだものである。田中芳樹氏の「中国武将列伝」などの魁とも言えるものであろう。
取り上げられている人物は以下のとおり。時代は私の方で便宜上区切ったもので原書にはない。

こうして並べてみても分かるのだが、やはり 田中芳樹氏「中国武将列伝」とは選定基準が全く違うようだ。まず軍師を武将とみなしているから諸葛亮も司馬懿も武将扱いである。それから、元々元・明・清がないせいか、光武帝の配下と三国時代の武将が多い。

<先秦>
齊太公(太公望呂尚)、孫武、范蠡、孫ピン、田穰苴、呉起、白起
王翦、樂毅、李牧、趙奢、廉頗、田單
<前漢> 
張良、韓信、周亞夫、李廣、衛青、霍去病、趙充國
陳湯、馮奉世
<後漢> 
鄧禹、寇恂、馮異、岑彭、賈復、呉漢、耿エン、耿恭
王霸、臧宮、祭遵、馬援、班超、虞ク、皇甫規
張奐、段紀明、皇甫嵩、朱雋
<三国> 
張遼、張コウ、徐晃、李典、鄧艾、司馬懿(仲達)、
諸葛亮(孔明)、關羽、張飛、周瑜、呂蒙
陸遜、陸抗、羊コ、杜預、王浚
<東晋十六国・南北朝> 
馬隆、周訪、陶侃、謝玄、慕容恪、王猛
檀道濟、王鎮惡、韋睿、王僧辯、呉明徹
崔浩、于謹、斛律光、宇文憲、韋孝寬
<隋唐>
楊素、長孫晟、韓擒虎、賀若弼、史萬歳
李孝恭、尉遲恭、李靖、李勣、蘇定方
薛仁貴、裴行儉、唐休璟、張仁願
王晙、郭元振、李嗣業、李光弼
郭子儀、李抱真、李晟、李愬
馬燧、渾カン、王忠嗣、劉鄩、劉詞


水滸伝人物元ネタ一覧

水滸伝の武将は歴史書に元ネタがあることは学界ではよく知られている(と思う)。
しかし、一般向けの本でこの話が出てくることは殆ど無い。とりあえず、最も有名な宋江三十六人について。
といっても、元ネタ不明の人も結構多い。
<ほぼ確定>
托塔天王 晁蓋→北宋初期の趙匡胤(宋の太祖)
天魁星“呼保義”宋江→北宋末の宋江+北宋初期の趙匡義(宋の太宗)
天機星“智多星”呉用→北宋初期の趙普
天勇星“大刀”關勝→北宋末の同名武将+三国志の関羽
天威星“雙鞭”呼延灼→北宋初期の呼延賛
天平星“船火兒”張橫→南宋
天損星“浪裏白跳”張順→南宋

晁蓋→宋の太祖 宋江→宋の太宗 呉用→趙普は既に明治以前から言われていたようだ。

http://d.hatena.ne.jp/soei-saito/20100611/1276263159によると、
「 『水滸伝』の回で、三木竹二がサミュエル・スマイルズやジョン・スチュワート・ミルの翻訳で有名な中村敬宇が『水滸伝』について述べたという説を紹介している。
 それによれば、『水滸伝』は宋の建国の歴史を下敷にしているのだという。宋の基を築いた太祖趙匡胤の片腕として活躍したのが趙普で、彼は太祖の弟であり帝位を継いだ太宗にもよく仕えた。ところで、太祖には成人した二人の息子がいたにもかかわらず弟が帝位を継いだことに対しては、その正当性に対して古来疑いがかけられており、太祖の部屋から斧の音が聞えてきたなどというまことしやかな話も伝えられている。こうしたことが『水滸伝』の下敷になっているというのである。
 つまり、一番はじめ梁山泊の頭領であった晁蓋が太祖に当り、それを継いだ宋江が太宗ということになる。趙普に当たるのが呉用で、最初は晁蓋に仕えて梁山泊を再興したが、宋江が仲間に加わってからは宋江と近しくなり、兄に当たる晁蓋を戦いにやり、その戦いで晁蓋は毒矢に当たって死ぬのだ。そして、晁蓋は梁山泊の基を築いた人物であるはずなのに、百八人の仲間には入っていない。こうしたことによって、暗に正史にひそむ不義を寓しているというわけである。」
 この説には宮崎市定氏(『水滸伝 虚構の中の史実』)、大塚秀高氏(『天書と泰山 : 『宣和遺事』よりみる『水滸伝』成立の謎』)も同じような主張をおこない、大塚氏は「野史にある宋太祖暗殺疑惑の話が、正史『宋史』では消されたものの、『続資治通鑑長編』『楊家将演義』等に残っており、水滸伝はそこから着想されたものだろう。晁蓋の晁は朝であり、宋朝=晁宋となり、晁蓋宋江の名は宋太祖暗殺疑惑を連想させるものだ」というのである。宮崎氏は趙匡胤が若いころに弱きを助け強きをくじく男伊達で、晁蓋とソックリなことを上げておられる。『飛龍全伝』なる趙匡胤が暴れまわる講談さえあるのだから
 もうひとつ私が気づいたこととして、趙普がしばしば「学究」と呼ばれていることがある。「学究」は無論、呉用のあざな。

南宋の《楽庵語録・付録》に以下の様な記述があるという。(http://news.ifeng.com/history/zhongguogudaishi/detail_2010_08/09/1911812_0.shtml)
太宗欲相趙普,或譏之曰:普山東学究,唯能読《論語》耳,太宗疑之,以告普。普曰:臣実不知書,但能読《論語》,佐太祖定天下,才用得半部,尚有一半,可以輔陛下。太宗釈然,卒相之。

つまり、趙普は山東学究(山東の田舎学者)でしかないと言われていたのである。

他の四名は宋史に登場する。呼延賛、楊業、張順はいずれも列伝にある。関勝は列伝はない。その他、大塚氏がいうように、九玄天女は趙匡胤の母、杜太后であろう。
 こうなってくると晁蓋・宋江周りの女性達もモデルがいそうである。ちなみに趙匡胤には三人の皇后がいた。梁山泊の女将も3人である。何かあるのだろうか?

天閒星“入雲龍”公孫勝→不明。三十六人の中で後から加えられた人らしい。

天雄星“豹子頭”林沖→不明。三十六人の中で後から加えられた人らしい。
天猛星“霹靂火”秦明


  天英星“小李廣”花榮  天貴星“小旋風”柴進

  天富星“撲天雕”李應  天滿星“美髯公”朱仝

  天孤星“花和尚”魯智深→北宋の悪僧(by『夷堅志』)  

  天暗星“青面獸”楊志→北宋の楊業  

  天空星“急先鋒”索超→唐の李愬?  天速星“神行太保”戴宗→『夷堅志』王超

  天殺星“黑旋風”李逵→北宋末の宋江+北宋初期の趙匡義の暗黒面

  天微星“九紋龍”史進→北宋末の盗賊  

  天劍星“立地太?”阮小二→北宋末の張栄  天平星“船火兒”張橫→南宋

  天罪星“短命二郎”阮小五→北宋末の張栄  天損星“浪裏白跳”張順→南宋

  天敗星“活閻羅”阮小七→北宋末の張栄  

  天慧星“?命三郎”石秀→章惇  

  天巧星“浪子”燕青→宋史・李邦彦

高廉→平妖伝の王則 王英→元末の武将
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