群龍天に在り(webディレクターと歴史好きの雑記帳)

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書評

川本三郎「時代劇ここにあり」

李白は有るジャンルでは傑出していて群拔を抜いている。しかし有るジャンルでは杜甫に続いて上手なれども、杜甫よりは劣りたる処がある。ここらが文の妙処と云ふものぢゃ。」(by服部南郭「唐詩選国字解」)

東京下町の人々は時代劇を見るのを楽しみにしていた。「聞き書 東京の食事―日本の食生活全集」( 農山漁村文化協会)はイデオロギー臭がなく、東京下町の生活を愚直に記した書として大変尊いものであるが、「正月になると時代劇映画を見に行きます」というのが年中行事として書かれている。時代劇の歴史くらい大事なものもなかなかないのである。しかしこれを書くのも大変難しい。時代劇は星の数ほど有る。そしていまも少ないながら作られている。生きている伝統文化である。甚だ困難であるに相違ない。

川本三郎「時代劇ここにあり」はそれに挑んだ作品である。結局こういうのは「唐詩選」「三体詩」と同じで、どれを取るかに依って本の値打ちが決まる。この本は全善全美とまでは言えないが、かなり其の所を得ている。要するに良く出来た時代劇史である。

時代劇ここにあり
川本 三郎
平凡社
2005-10


アマゾンの書評から収録作品を引用すると…

血槍富士 内田吐夢
関の彌太ッペ(関の弥太ッぺ) 山下耕作
荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻 森一生/黒澤明
十三人の刺客/大殺陣/十一人の侍 工藤栄一(これを入れないと話にならない)
座頭市物語 三隅研次
薄桜記 森一生/伊藤大輔
切腹 小林正樹
股旅 市川崑
ひとごろし 大洲斉
新撰組始末記 三隅研次
下郎の首 伊藤大輔
侍 岡本喜八
暗殺 篠田正浩
城取り 舛田利雄
子連れ狼 三隅研次
吶喊 岡本喜八
宮本武蔵 一乗寺の決斗 内田吐夢
宮元武蔵 巌流島の決闘 内田吐夢
忍びの者 山本薩夫
十七人の忍者 長谷川安人
上意討ち 拝領妻始末 小林正樹
股旅 三人やくざ 沢島忠
六人の暗殺者 滝沢英輔
三匹の侍 五社英雄
眠狂四郎勝負 三隅研次
斬る 三隅研次
鳳城の花嫁 松田定次
酒と女と槍 内田吐夢
沓掛時次郎・遊侠一匹 加藤泰
鍔鳴浪人 荒井良平・・・1939年版。内出好吉の1950年版とは別
赤毛 岡本喜八
地獄の剣豪 平手造酒 滝沢英輔
月形半平太(1956) 衣笠貞之助
不知火検校 森一生
反逆児 伊藤大輔
佐々木小次郎(1967) 稲垣浩
いのちぼうにふろう 小林正樹
椿三十郎 黒澤明
用心棒 黒澤明
冷飯とおさんとちゃん 田坂具隆
獣の剣 五社英雄
中山七里 池広一夫
たそがれ清兵衛 山田洋次
ひとり狼 池広一夫
真剣勝負 内田吐夢
柳生武芸帳 稲垣浩
十兵衛暗殺剣 倉田準二
雨あがる 小泉堯史/黒澤明(原案)
二人の武蔵 渡辺邦男
瞼の母 加藤泰・・・稲垣浩「番場の忠太郎 瞼の母」、中川信夫「番場の忠太郎」
真田風雲録 加藤泰
忍びの者 霧隠才蔵 田中徳三
独眼竜政宗(1959) 河野寿一・・・大河ドラマではなく映画版(ただし大河ドラマはこの作品を時代考証してリメイクしたような所がある)
暴れん坊兄弟 沢島忠
草間の半二郎 霧の中の渡り鳥 内出好吉
戦国野郎 岡本喜八
幕末太陽傳 川島雄三
風の武士 加藤泰
御金蔵破り 石井輝男
無宿人別張 井上和男
五瓣の椿 野村芳太郎/井手雅人
鞍馬天狗 角兵衛獅子 大曾根辰夫
鞍馬天狗 天狗廻状 大曽根辰夫
道場破り 内川清一郎
続・道場破り 問答無用 菊池靖/松野宏軌/内川清一郎
座頭市 血煙り街道 三隅研次
新座頭市 破れ!唐人剣 安田公義
大忠臣蔵 大曾根辰夫
新撰組 沢島忠
鞍馬天狗 鞍馬の火祭り 大曾根辰夫
大殺陣・雄呂血 田中徳三
斬る 岡本喜八
狼よ落日を斬れ 三隅研次
宮元武蔵/続宮元武蔵 一乗寺の決斗/決闘巌流島 稲垣浩
博徒ざむらい 森一生
浮かれ三度笠 田中徳三
忍びの衆 森一生
第三の影武者 井上梅次
雪之丞変化 市川崑
河内山宗俊 山中貞雄
丹下左膳餘話 百萬兩の壺 山中貞雄
丹下左膳 乾雲の巻・乾竜の巻・昇竜の巻 マキノ雅弘
丹下左膳 乾雲乾竜の巻 マキノ雅弘
仇討崇禅寺馬場 マキノ雅弘・・・正博時代の「崇禅寺馬場」のリメイク
人情紙風船 山中貞雄
隠し剣 鬼の爪 山田洋次
風と女と旅鴉 加藤泰
剣に賭ける 田中徳三
剣鬼 三隅研次
七人の侍 黒澤明(これを入れないと話にならない)

黒澤明あり、工藤栄一あり、真田あり、伊達あり(この両者は戦国時代の伝統的な二大ヒーローである)、丹下左膳、雪之丞あり、柳生十兵衛も有る。新しいもので藤沢周平作品もある。大方の名作は取られているであろう。ただ池波正太郎作品には取られていないところが多いのが遺憾である。 

これを書きながら中村吉右衛門主演の「鬼平犯科帳」を見ているのであるが、蟹江敬三演じる小房の粂八というのは関の宿場育ちの母親を知らない渡世人。「関の弥太っぺ」をオマージュしたキャラなのですね。そして、粂八と酒を飲みながら吉右衛門の端正な殿様が「ワシもその母の名を知らぬ」というところを言うのがキーになっている。結局これは下層民に対する天皇家のオマージュなのではないか。長谷川平蔵
宣似は贈正二位鎮守府将軍・藤原秀郷を祖とする長谷川氏下河辺氏流で、遡れば藤原魚名の系統であるという。大和国長谷川に住んだため、長谷川氏を名乗ったという名家。長谷川平蔵は本名藤原宣似、レッキとした藤原氏の子孫で天皇家の外戚なのである。

こういうことがわからないと時代劇を見ても魅力が半減する。これを読むとそれが少し分かるのである。類書は少ない。労作と言っていい。こういう本で少しでも日本文化の奥深さを知ってもらいたい。 

何がいいたいんでしょうか。【書評】『ウェブニュース一億総バカ時代』(三田ゾーマ著)

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。(漱石・草枕)
まあ、評判になっているので読んだのですが…期待はずれでした。
かなり有名な方が推薦しているので期待したんですがねえ…

「今更、何、言っているんでしょうね、この御仁は…」ということに尽きます。

まずですね、ステマ問題が出始めたのってもう2013年位なんですよ。
そのころ晋遊舎あたりが既にステマ特集の雑誌を取り上げておりまして、
そこに詳しい手練手管を全部書いておるんですよ。この本より詳しく。
いまさら遅きに失したとしか言い様が無いですねえ。

それから、この方、あたかもネットニュースはステマばかりで、新聞や雑誌は
ステマがなく、きちんと編集されていると思い込んでいらっしゃるようなんですが…

大手新聞社、特に五大紙と称する新聞は、概ね政党や財界のヒモがついていて、政治経済の記事は大なり小なりステマだということを知らないんでしょうか。そして、それらの新聞は不偏不党を謳っているんですよ。雑誌もこれは広告ですと言って書いてある記事以外の所で随分ステマがあるんですよ。

ああ、それから中国の新聞などのメディアはもっとひどくて、「(中国共産)党の口舌」つまり、宣伝機関としてしか受け付けられません。要するに全部ステマです。

要するにねえ、ステマでないメディアなんて微々たるものなんですよ。だから「ステマなんか汚らわしい!」というのであれば、夏目漱石ではないが「人でなしの国に行くしかない」わけです。この程度のことは常識の範疇だと思うのですが。

どうも、もう少し工夫すべきではなかったかと思いますねえ。


集英社版『人物中国の歴史』について

このシリーズ、地味な中国史の評伝列伝なのだが意外と役に立つので紹介したいと思う。
後に集英社文庫にもなったのだが、ネット上にはほとんど情報がないので。

集英社版『人物中国の歴史』
編集委員:尾崎秀樹・駒田信二・司馬遼太郎・陳舜臣・常石茂
(二人以上が一つの章で扱われているいわゆる合伝[ごうでん]は中点を付けず、
斉の桓公などの「の」は全て略した)

1、大黄河の夜明け 周公旦・褒姒・斉桓公・晋文公・楚荘王・孔子・伍子胥
2、諸子百家の時代 墨子・予譲ジョウセイ・呉子孫子・商鞅・蘇秦張儀・孟子・荘子
3、戦国時代の群像 楽毅田単・屈原・戦国四君子・呂不韋・荀子韓非子・荊軻コウゼンリ
4、長城とシルクロードと 始皇帝李斯・陳勝呉広・項羽劉邦・呂后・司馬遷など
5、三国志の世界 光武帝・班固など・曹操・諸葛亮姜維・曹丕曹植・阮籍ケイコウ
6、長安の春秋 陶淵明・隋煬帝・唐太宗・玄奘三蔵・則天武后・玄宗楊貴妃・李杜
7、中国のルネサンス 朱全忠・宋太祖・王安石司馬光・欧陽修蘇軾・朱子陸象山・ジンギス汗(元太祖)
8、落日の大帝国 フビライ汗(元世祖)マルコポーロ・洪武帝(朱元璋)・鄭和・王陽明・万暦帝・元末四大家
9、激動の近代中国 ヌルハチ(清太祖)・李自成呉三桂・鄭成功・康煕帝雍正帝・林則徐・洪秀全・西太后
10、人民中国の誕生 孫文・袁世凱・蔡元培・魯迅・蒋介石・梅蘭芳斉白石・朱徳・毛沢東・周恩来
別巻 故事と名言でつづる中国史

見て分かる通り、「なんか聞いたことないなあ」という人が入っている一方「なんでこの人が入ってないんだ」
というのもあり、著者により質がものすごく良かったりものすごく悪かったりして玉石混交である。
私はだいたい読んだが、とりあえず中でよかったのを上げてみたい。

・周公旦(白川静) 文句なしの超ビッグネームである。白川著作集にも同じものが入っている。
・朱子陸象山(野口武彦) わかりにくい朱陸の争いを対談形式にしており大変わかり易い。
・洪武帝(寺田隆信) さすがに大家の作だけ有り大変わかり易い。
・王陽明(宇野茂彦) 冒頭がカッコイイ。

まあ、「曹操」の項で全部三国志演義を丸写しにした某作家もいたのだが…そういうハズレ系の章もある。
だいたい学者が書いた章は出来がいいが小説家が書いていると、あっ(察し みたいのが多いことは否めない。

倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(1)

倉山満『嘘だらけの日中近現代史』(扶桑社新書)という本が売れているようだが、
この本には多くの誤りや疑問箇所があるようである。

この本は、「日本の中国研究者が書けないタブーを書く!嘘つきチャイニーズによる
プロバガンダの手口をバラす!」と帯に書かれているのだが、私が見たところ、
内容が余りにも間違いだらけであるようだ。

この本にはアマゾンではほとんどが肯定コメントをつけている。
これを見て私は、「ああ、批判を受けつつ、中華思想に抗ってきた、桑原隲蔵(じつぞう)先生(※1)、
宮崎市定先生(※2)、高島俊男先生(※3)のような、先哲の学問の遺産は受け継がれていないのだな」
「斯道、ここに滅びんとしているのか」と嘆きたくなった。

目についたところだけ、ポツポツと批判したいと思う。

1、「中国史は繰り返す」?!いや、どこが繰り返しなんだ?


 倉山氏は、以下のように言う。(14ページ)
「中国史のパターンを図式化してみましょう。」

「一、新王朝成立
二、功臣の粛清
三、対外侵略戦争
四、漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成
五、閨閥、軍閥、官僚など皇帝側近の跳梁
六、秘密結社の乱立と農民反乱の全国化
七、地方軍閥の中央侵入
八、一に戻る」

というのだが、これ、全然中国歴代王朝は繰り返していないんだよなあー。
そもそも倉山氏が例としてあげているのは秦漢2王朝に過ぎない。
実は、これらの道筋をきちんと踏んだ王朝など秦漢2王朝以外にほとんど存在しないのである。

もっといえば、ここに出てこない要因で滅亡した王朝のほうも多いのである。要するに他の王朝や異民族に攻められて滅ぶのである。
 
他の王朝を上げてみよう。倉山氏の上げた王朝滅亡要因を、どれだけの王朝がちゃんと法則を踏んだかというと、
踏んでいる王朝のほうが少ないのだ。これ、歴史法則といえるのか?
三国魏 1→5→7(司馬氏に乗っ取られ滅亡)
西晋 1→5(異民族の匈奴[漢]に攻められ滅亡)
東晋 1→5→7(軍閥により滅亡)
北魏 1→4→7(東西分裂)
南朝劉宋 1→5→7(軍閥により滅亡)
南斉 1→5→7(軍閥により滅亡)
陳 1→5(隋に攻められ滅亡)
隋 1→5(唐により滅亡)
唐 1→3→4→5(武韋の禍)→7(安史の乱)→5→6(黄巣の乱)→7(滅亡)
北宋 1→5(金により滅亡)
南宋 1→5(元により滅亡)
大元 1→3→5(明により滅亡)
明 1→2→3→4→5→6(李自成に攻められ滅亡)

と、見事なまでに倉山氏が上げた1~8を全て繰り返した王朝がないのである。途中までちゃんとやってるのが明ぐらいしかないぞ!法則として成立してるのか?

なぜかといえば、倉山氏の中国史認識は実は三国志演義の冒頭で羅貫中が示す史観に似ており漢朝以外にはこの図式は綺麗に当てはまらないのだが、それを無理やり当てはめたので実に変なことになっているのである。

2、おかしな中国王朝滅亡の要因


倉山氏が上げる王朝滅亡要因も、いずれもオイオイと言いたくなるものである。
まず、「二、功臣の粛清」だが、こんなことが出来たのは実は皇帝権力が非常に強い時だけであって、特に中世中国でそんなことをしたら、逆に皇帝が殺されたであろう。倉山氏は中国中世の貴族制度を何一つ分かっていないようだ。東晋の皇帝を見るがいい、まともに家臣に指図できた皇帝のほうが少ないのだ。

それから「三、対外侵略戦争」もちゃんと出来た王朝はとても少ないのだ、漢・唐・元・明・清以外にまともに出来た王朝はない、東晋・北宋は失地回復すら出来ず、北魏も一度大きくなってからはやっていないのも同然である。

さらに「四、漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成」に至っては噴飯物である。倉山氏はこんなふうに言っている。『中国の歴史を習うと、「皇帝が辞典(ママ)の編纂を行った」とする記述がありますが、あれは本当に言葉を変えているのです』(p20)この辺り長いので要約すると、「文字を使う中国は文字を持たない北方民族より弱いので、歴史を改ざんして、いじめられっ子がネット番長になるように陰口をたたいた。漢の劉邦は漢字を決めた。王朝ごとに辞典が編纂され言葉が代わった。歴史書も前の王朝のものを悪しざまに書いたものが後継王朝により作られる」というのだが、

これ、本当に学者が書いた本なのか?高校世界史レベルでも反証がどんどんあげられるんだけど。

まず北方民族は字を知らないという認識そのものが言語道断である。この倉山さんは女真文字、西夏文字、契丹文字、元のパスパ文字を知らず、魏収『魏書』や『元朝秘史』を知らず、薩都剌や耶律楚材を知らず、西田龍雄氏ら日本の学者の業績を知らないのだろうか。北方騎馬民族もどんどん漢化されて自国の文字を作るものも有れば、漢詩漢文に熟達して史書や詩文を著すものも大勢居たのである。さらに言えば、それらの多くは中国大陸では余り評価されず、日本の東洋史学が先んじているものも多いのである。例えば、西夏文字解読に成功したのは日本人の西田龍雄氏であるし、魏収『魏書』も本国で不当に評価されていたのを日本人の塚本善隆氏が再評価したのが研究の端緒である。「日本の中国研究が書けないタブー」を書こうとするほどの人がなぜそういう初歩的認識がないのであろうか。残念でならない。

私は倉山さんが言った「劉邦が作った漢字」「始皇帝や劉邦が作った辞典」なるものを是非見たいものだ。そんな話は聞いたこともない。

まず漢字の字体の変遷を通説に従ってあげると、秦の始皇帝が小篆を作ったのは事実なのだが、漢の隷書は伝説では秦の程邈なる無名の人の作であると言い、小役人の間で勝手に出来たものであるとされる。劉邦とは縁もゆかりもない。後漢末に出来た楷書も皇帝と縁もゆかりもない。伝説では王次仲なる人物の作だという。草書や行書もまた同じ。強いて言うなら後漢の章帝が草書の元を作ったという伝説が有るぐらい。藤堂明保氏は「実務に携わる底辺の役人たちが、能率を良くするために考えだした現場の知恵」(『中国の文字とことば』)としている。そもそも倉山氏の話が正しいのなら、王朝ごとに漢字が違うことになり、漢文などほとんど読めないはずである。

勅撰の辞典の方も噴飯物だ。だいたい、『爾雅』『釋名』『説文解字』『切韻』は何時勅撰になったのだろうか。『切韻』のことぐらい師匠の岡田英弘さんにでも聞いてほしいものだ(鮮卑人陸法言ほかの選)。勅撰の辞書なんか北宋の『広韻』、明の『洪武正韻』、清の『康煕字典』『佩文韻府』等以外にあるんでしょうか?(元の中原音韻は私撰)ほとんどの王朝がやっていないことをあたかも中国歴代王朝を貫く法則みたいに良く言えたものだ。

史書の方は一々言うまでもないが、後漢書がだいぶ後の南朝宋の完成だったり、後の王朝が直近の王朝の史書を書けたほうが少ないのである。

(※1)桑原隲蔵(じつぞう)…明治3年12月7日(1871年1月27日) - 1931年(昭和6年)5月24日)、
京都大学教授。「支那人間に於ける食人肉の風習」「支那人の文弱と保守」「支那人の妥協性と猜疑心」
など、中国史に対する批判的研究で有名。宮崎市定の師匠。司馬遼太郎は桑原を褒め称えて、
「人喰いの歴史を追求したので中国人からは大変いやがられましたが、実証ということほど大事なことが有るでしょうか」
[要約](司馬遼太郎講演集)としている。

(※2)宮崎市定(みやざき・いちさだ)…1901年(明治34年)8月20日 - 1995年(平成7年)5月24日)。
戦後日本を代表する東洋史学者。東洋史で数多くの業績があるが中国政府に対して批判的な立場も取り、
「南沙諸島の領有権を主張する中国を叱る」という文章もあるほどである。中国共産党では「反動歴史家」と
言われて論文の訳も「高級幹部・専門家向けの読み物」として一般の読書を一時期禁じていた。

(※3)高島俊男(たかしま・としお)…1937年1月16日ー。中国文学者。前野直彬門下。「『支那』は悪い言葉だろうか」などの論考で有名。「中国の王朝を倒すのは多数の流民をひきつれた『盗賊』であり、その最終勝者が次の王朝を開く。毛沢東の共産革命軍もその一種だ」と論じた。(いわゆる毛沢東盗賊論)畏友、犬大将氏の先輩に当たる。

東海林さだお『昼メシのまるかじり』

おいwwwなんだこれwww
エッセイ集なんだけども、根本的に全てがネタ。
これ、ネットニュースの編集者やブロガーの中では隠れた聖書となっておりまして、
ネタ系のニュースサイトはこの内容を拳拳服膺しているというのですが、以下の内容にはしびれました。
ここまで無意味な難癖を一総菜に対して延々と書けるのはもはや天才です。

最初に断っておきますが、僕はチンジャオロースーにはいい印象を持っていません。
はっきり言って気を許していません。警戒心も有ります。
なんかこう、そのやり口に油断がならない所があるからです。(中略)
もともと大した選手ではないんですよ。
牛肉を細長く切って、ピーマンと一緒に炒めただけ。
そもそもネーミングが僕は気に入りませんね。
最初にチンと来たから、こりゃあ何かあるな、ただではすまないだろうなと、
一応の腹づもりをして警戒していると、「ジャオ」なんて予想もしていないような意外なことを言って
こちらの気を抜き、さらにローと抜いてスーと抜く。
それはないと思うな。
身構えたこっちはどうなる。

向こうは向こうで「なにしろ、チンがジャオしちゃったんで、あとはローして、ス~するより仕方がなかった」
当たりの言い訳をするだろうが、その言い訳は通りませんよ!
「チンがジャオするのをどうして見通せなかったのか!」

一部引用は変更してあります。

それにしてもにじみ出る吉牛コピペ感。ああ、あれって東海林さだおの真似だったのか…
この文章を書いているのが1937年生まれの方というのもすごいですね。
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